第五話 物足りない
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
訓練場。
砂の敷かれた広場には何人もの冒険者が集まっていた。
受付嬢に案内されて現れたアシュリーへ、いくつもの視線が向けられる。
若い女性。
しかも貴族令嬢のような身なり。
戦えるようには見えなかった。
当然の反応だろう。
「試験官を呼んできます」
受付嬢が離れていく。
アシュリーは周囲を見回した。
剣。
斧。
槍。
それぞれが思い思いの武器を手にしている。
どこか懐かしい光景だった。
王妃教育の教室よりも。
舞踏会の会場よりも。
ずっと落ち着く。
しばらくして、一人の男が歩いてきた。
大柄な体格。
無骨な顔。
全身に刻まれた無数の傷。
長く戦場を歩いてきた者の空気を纏っている。
「俺が試験官のギルバートだ」
「アシュリーよ」
軽く挨拶を交わす。
ギルバートは木剣を放った。
アシュリーは片手で受け取る。
「試験は簡単だ」
そう言って自らも木剣を構えた。
「俺に一発入れろ」
周囲がざわつく。
ギルバートはこの街でも名の知られた実力者らしい。
新人相手の試験官としては十分以上だろう。
アシュリーは木剣を一度眺めた。
軽い。
均衡も甘い。
だが問題ではない。
剣は剣だ。
目の前の試験官へ視線を向ける。
鍛えている。
実力もある。
だが。
(物足りませんわね)
心の中だけで呟く。
期待していたのだ。
多少なりとも。
久しぶりに剣で向き合う相手へ。
「本気で来い」
ギルバートが言う。
「いいのかしら?」
「ああ」
迷いのない返答。
アシュリーは頷いた。
そして木剣を肩に担ぐ。
構えとは呼べない姿勢だった。
周囲から失笑が漏れる。
ギルバートだけは笑わない。
理由は分からない。
だが本能が警鐘を鳴らしていた。
目の前の少女から漂う違和感。
新人冒険者ではない。
魔物でもない。
猛獣でもない。
もっと別の何かだった。
「始めるぞ」
合図が響く。
アシュリーが一歩踏み出した。
それだけだった。
ギルバートの視界から姿が消える。
反射で木剣を振り上げた。
けれど。
衝撃は来なかった。
受けたはずの木剣が半ばから消えている。
カラン。
木剣の剣先が落ちた音。
そして。
首筋へ木剣が添えられていた。
静寂。
誰も動かない。
理解が追い付かなかった。
何が起きたのか。
理解できたのはギルバートだけだった。
冷たい汗が頬を伝う。
木剣で木剣を斬った。
それも、切り口に一切乱れがない。
あり得ない。
けれど。
現実だった。
「これでいいかしら?」
アシュリーが尋ねる。
まるで確認するような口調だった。
ギルバートはゆっくり息を吐く。
そして苦笑した。
久々だった。
ここまで理不尽な実力差を突き付けられたのは。
「受付」
振り返る。
「カードを作れ」
周囲がどよめいた。
試験終了。
即時合格。
異例にも程がある判断だった。
「あと一つ聞く」
ギルバートが額を押さえる。
「本当に新人か?」
アシュリーは少しだけ考えた。
そして答える。
「ええ」
嘘ではない。
冒険者としては。
今日が初日なのだから。
◇
登録手続きが終わると、受付嬢が制度の説明を始めた。
「基本的には依頼を達成することでランクが上がります。Cランクからは昇格試験があります」
アシュリーは静かに聞いていた。
「受けられる依頼は一つ上のランクまでです」
「なるほど」
「上位の依頼を受けるには、上のランクの方とパーティーを組む必要があります」
説明が終わく。
アシュリーは少し考えた。
Eランク。
Dランク。
Cランク。
Bランク。
そして風呂付きの宿。
頭の中で整理する。
「つまり」
受付嬢へ視線を向ける。
「最短でランクを上げればいいのね」
「理論上はそうなります」
「分かったわ」
アシュリーは掲示板へ向かった。
大量の依頼書が並んでいる。
薬草採取。
運搬依頼。
迷子捜索。
下水道清掃。
家畜の世話。
必要な仕事なのだろう。
だが。
アシュリーの視線はその先にあった。
討伐依頼。
ゴブリン討伐。
スライム駆除。
森狼討伐。
一枚。
また一枚。
次々と剥がしていく。
周囲の視線が集まり始めた。
あまりにも取る量が多い。
「おい」
声が掛かる。
アシュリーは手を止めない。
さらに依頼書を取る。
「おいって」
今度は前へ回り込まれた。
若い冒険者だった。
二十代前半。
それなりに鍛えている。
「何かしら」
ようやく顔を向ける。
男は依頼書の束を見る。
「それ全部受けるつもりか?」
「ええ」
即答だった。
「新人だろ」
「さっき登録したわ」
周囲がざわめく。
男は呆れたように息を吐いた。
「死ぬぞ」
沈黙。
アシュリーは少し考える。
本当に数秒だけ。
そして頷いた。
「そうね」
男が眉をひそめる。
「死ぬかもしれないわね」
予想外の返答だった。
強がりでもない。
否定でもない。
ただ事実として受け入れている。
「分かってるなら」
「ええ」
アシュリーは依頼書を抱え直した。
「だから受けるの」
男の表情が固まる。
意味が分からなかった。
「危険だから避けるんじゃないのか?」
「どうして?」
本当に不思議そうな声だった。
「冒険者なのでしょう?」
当然のことを口にするように。
「危険だからやらないのであれば、冒険者になる意味がないわ」
静寂が落ちる。
その場にいた誰もが違和感を覚えた。
この少女は恐怖を知らないわけではない。
死を理解していないわけでもない。
むしろ逆だった。
理解している。
その上で前へ進もうとしている。
「では失礼」
アシュリーは軽く会釈した。
「少し急いでおりますので」
男は無意識に道を開けていた。
アシュリーはそのまま受付へ向かい、
依頼書の束を差し出した。
「こちらをお願いします」
受付嬢が絶句する。
周囲の冒険者たちは言葉を失った。
新人が来た。
そう思っていた。
だが違う。
その背中から感じるものは新人ではない。
もっと別の何かだ。
その正体を。
この時まだ誰も理解できなかった。
アシュリーにとっては。
ゴブリン討伐。
森狼討伐。
どれも簡単。
これから行うことを考えれば、
この依頼はすぐに終わる。
ただ、それだけだった。
お読み頂き、ありがとうございます。




