第三話 人助けには興味がない
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
「さて、国境までは急がなきゃね」
ミッフィーの首筋を軽く叩く。
嬉しそうに嘶いた愛馬は、夜道を軽快に駆け出した。
王都の灯りは既に遠い。
追手が来るかもしれない。
けれど、それもどうでもよかった。
今のアシュリーの胸にあるのは、ただ一つ。
自由。
それだけだった。
「ふふ」
思わず笑みが零れる。
王妃教育。
政務。
外交。
軍事。
国防。
貴族同士のしがらみ。
全部終わりだ。
明日からは誰にも命令されない。
誰の期待にも応えなくていい。
好きな時に起きて。
好きな場所で食事をして。
好きなところへ旅をする。
最高じゃない。
「ふふふ」
笑みが深くなる。
ミッフィーが不思議そうに鼻を鳴らした。
そんな愛馬の首を撫でながら夜道を進む。
しばらく人のいない街道を走っていると。
遠くに灯りが見えた。
「あら?」
目を細める。
馬車。
止まっている。
その周囲には人影。
数は十ほど。
配置。
持ち物。
動き。
一瞬で理解する。
「盗賊ね」
そして。
数秒の沈黙。
「ふふ」
突然。
アシュリーが笑った。
自分でも抑えきれない。
口元が勝手に吊り上がる。
盗賊に襲われる馬車。
中にはおそらく令嬢か商人。
そんなことはどうでもいい。
助けたいわけじゃない。
正義感でもない。
感謝されたいわけでもない。
ただ。
盗賊なら。
殺していい。
合法的に。
誰にも文句を言われず。
剣を振るえる。
命のやり取り。
死ぬかもしれない恐怖。
生き残る快楽。
前世で何度も味わった果実。
「久しぶりだわ……」
声が震える。
歓喜で。
「ミッフィー」
ヒヒーン!
愛馬が力強く鳴いた。
「少し遊びましょうか」
返事を待つ必要はない。
ミッフィーは既に速度を上げていた。
「誰か助けて!」
「大人しく金を出しな!」
「へへへ!」
街道では盗賊達が馬車を囲んでいた。
護衛は二人。
既に満身創痍。
長くは持たない。
だから気付かなかった。
高速で迫る一頭の馬に。
そして。
馬上から飛び出した影に。
「なっ――」
盗賊の一人が声を上げる。
その瞬間。
アシュリーは空中で一回転した。
月明かりを受けて銀髪が舞う。
剣が走る。
縦に。
ただそれだけ。
盗賊の身体が真っ二つに割れた。
鮮血が舞う。
着地。
振り返らない。
物言わぬ肉塊など興味がない。
「な、なんだお前!」
「うるさいわ」
横薙ぎ。
刀身は届いていない。
けれど。
首だけが飛んだ。
「ひっ……」
「魔力持ちだ!」
「一斉にかかれ!」
盗賊達が怒号を上げる。
数人が同時に飛び込んだ。
護衛騎士がようやく我に返る。
「に、逃げろ!」
だが遅い。
盗賊は既にアシュリーへ迫っていた。
「死ねやぁぁぁ!!」
剣が振り下ろされる。
「ははは!やったぜ――」
男が笑う。
そして。
自分の剣を見る。
無かった。
刀身が。
「なっ」
直後。
首が落ちた。
「お粗末ね」
アシュリーが呟く。
「そんなのろまな剣で、人が斬れるわけないじゃない」
死体を見下ろす。
「思わず剣と一緒に首まで斬ってしまったわ」
「この化物が!」
左右から同時に剣閃。
アシュリーは。
たった一歩。
踏み出しただけだった。
それだけで全て躱す。
盗賊達の目が見開かれる。
「……っ!」
「淑女に向かって化物なんて失礼ね」
手を上げる。
それだけ。
なのに。
盗賊の剣が弾き飛ばされる。
「さよなら」
一閃。
男の身体が左右に分かれた。
「ひぃぃぃ!!」
残った盗賊が逃げ出す。
背中を向けて。
全力で。
アシュリーは首を傾げた。
「あら、逃げるなんてダメよ」
剣を振るう。
ただ空へ。
それだけ。
「ぎゃっ!!」
逃げた男の胴体が滑り落ちた。
静寂。
夜風だけが吹く。
血の匂い。
死の匂い。
懐かしい。
久しぶりだ。
本当に。
久しぶりだ。
アシュリーは目を閉じた。
深く息を吸う。
そして。
心の底から。
満足そうに笑った。
「すっきりしたわね」
護衛騎士は言葉を失った。
助かった。
確かに助かった。
だが。
目の前の少女は。
英雄というより。
月明かりの下で微笑む怪物にしか見えなかった。
アシュリーはそんな視線には気付かず。
血のついていない剣を鞘へ納める。
「さて、国境までは急がなきゃ」
その笑顔は。
婚約破棄された時よりも。
ずっと楽しそうだった。
◇
馬車へ歩み寄ると、後ろからミッフィーがすり寄ってきた。
「ふふ、大丈夫よ。怪我どころか、返り血さえ浴びるようなヘマはしないわ。あの程度の相手には」
そう言っても、ミッフィーは心配そうにアシュリーの頬を舐める。
「ふふふ、可愛い子」
優しく首筋を撫でる。
その場面だけ切り取れば、まるで馬と遊ぶ少女のようだった。
あくまで、その場面だけ切り取ればだが。
「ご令嬢、怪我はないか?」
護衛騎士の一人が近づいてきた。
(……いいわね)
もう一人の護衛はまだ臨戦態勢を解いていない。
近づいてきた騎士も、いつでも攻撃できるよう間合いを保っている。
中々に優秀な護衛らしい。
それでも数の暴力には苦戦したようだが。
「問題ないわ。見ていた通り、ね」
笑顔で答える。
だが、その笑顔を見た護衛騎士達はさらに警戒を強めた。
(……失礼ね)
内心で頬を膨らませる。
確かに盗賊は全員殺した。
少々四散した。
多少原型が残らなかった者もいる。
けれど。
必要以上に苦しめてはいない。
全員一撃だった。
随分と配慮したつもりなのだけれど。
「ご令嬢」
騎士が再び声をかける。
「あなたは何者だ」
「旅人よ」
即答だった。
嘘ではない。
今や本当に旅人なのだから。
「あんな剣を使う旅人がいてたまるか」
「偏見ね」
アシュリーは肩を竦める。
冗談のつもりだった。
騎士は真顔だった。
馬車の扉が開く。
中から一人の少女が姿を現した。
年は十六ほど。
怯えたような目をしている。
当然だろう。
盗賊よりも目の前の方が危険に見える。
(まともね)
少しだけ好感を持った。
「助けていただいてありがとうございます」
しっかり礼は言えるらしい。
貴族教育は受けているようだ。
どこかの馬鹿王太子より余程。
「別に」
本当に興味はない。
だからそれ以上言葉を続けない。
少女も困る。
護衛も困る。
沈黙だけが流れた。
「それで」
アシュリーが首を傾げる。
「あなた達、これからどこへ?」
護衛達の警戒が強まる。
目的を探っていると思ったのだろう。
「あら」
苦笑する。
「別に襲わないわよ」
護衛二人の視線が死体の山へ向いた。
説得力はなかった。
(あらあら)
少し楽しくなる。
王都を出てからまだ数時間。
なのに、ずっと笑っている気がした。
「さぞ名のある冒険者の方とお見受けしました」
「ふふ、違うわ。まだ、ね」
アシュリーはミッフィーの首筋を撫でる。
ヒヒーン。
嬉しそうな鳴き声が返ってきた。
「私、急いでいるの。もう行きますわ」
「お、お待ちください!」
護衛騎士が慌てて声を上げる。
「せめてお名前だけでも!」
「名前?」
一瞬だけ考える。
別に隠す必要はない。
けれど。
名乗れば面倒になりそうだった。
ようやく自由になったのだ。
そんなものは御免である。
「気になるなら、ご自身でお調べくださいな」
護衛騎士が言葉を失う。
アシュリーは気にせず、
ひらりと馬上へ飛び乗る。
「それでは、ごきげんよう」
ミッフィーの腹を軽く蹴った。
ヒヒーン!
夜道へと駆け出す。
その背中はあっという間に小さくなっていった。
護衛騎士は呆然と見送る。
「……何だったんだ」
誰も答えない。
ただ一人。
馬車の中の令嬢だけは、暗闇へ消えていく後ろ姿を見つめながら呟いた。
「綺麗な人でしたわね……」
その言葉だけが夜風に溶けていった。
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