第二話 国外退去は迅速に
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
「さっそく国を出るわね」
屋敷へ戻るなり、アシュリーはそう宣言した。
何を口走っているんだ、この素っ頓狂なお嬢様は。
ボルドーは長年培った執事としての自制心で表情を保った。
「お嬢様、パーティーで何かあったのですね?」
確認だった。
ただの、普通の確認。
「ええ、婚約破棄されたわ」
さらっと。
本当にさらっと。
なんて爆弾発言なんだ。
ボルドーは思考停止した。
数秒。
いや、十秒ほどだろうか。
動かなくなった執事を前に、アシュリーは満面の笑みを浮かべる。
「やっと自由の身ね」
その言葉を聞き、ボルドーは深く息を吐いた。
そして。
「……終わったな、この国」
心からの感想を漏らした。
「これ、あげるわ。餞別に」
アシュリーが無造作に差し出したのは箱だった。
蓋を開ける。
中には各種宝石。
一つ一つが高値で取引される代物だ。
下手をすれば町一つ買える。
それほどの価値があった。
「実入りが必要なのはアシュリー様では?」
至極真っ当な意見だった。
しかし。
「あら、それじゃつまらないじゃない」
アシュリーは即答した。
「……は?」
「自分の腕で稼ぐのよ」
組んでいる手、反対の手で腕の筋肉を二度たたく。
どう見ても強そうには見えない。
見た目だけは。
「……もう、何も申しません」
ボルドーは諦めた。
今さらである。
「こちらは屋敷の者たちで分けさせていただきます」
「ええ、そうしなさい」
満足そうに頷くアシュリー。
まるで菓子でも配るような感覚だ。
荷物を肩へ担ぎ。
窓枠へ足をかける。
その時だった。
「ボルドー」
名を呼ばれる。
幼い頃から見てきた。
泣き虫だった少女。
やがて誰よりも優秀になった少女。
そのアシュリーが。
久しぶりに。
本当に久しぶりに。
「世話になったわね」
そう言った。
最高の笑顔だった。
ボルドーは静かに一礼する。
「こちらこそ、自分の孫娘と変わらない年頃のアシュリー様にご指導いただいた記憶、しかと刻み込んでおります」
アシュリーが吹き出した。
「ふふ」
短く笑う。
そして。
「さようなら」
そう告げると、窓の向こうへ消えた。
厩舎。
月明かりの下。
「ミッフィー」
呼びかける。
愛馬は嬉しそうに鼻を鳴らし、ぺろりと頬を舐めた。
「いい子ね……あら?」
アシュリーは目を丸くした。
既に鞍が装着されている。
旅用の荷物まで纏められていた。
「旅支度……」
少しだけ笑う。
「ボルドーめ。何かありましたか?よ、お見通しじゃない」
荷物を確かめる。
必要なものは一通り揃っている。
本当に抜かりがない。
「……ありがとう」
屋敷の方角を見る。
ここにはいない人物へ向けて。
小さく礼を告げた。
「行くわよ、ミッフィー」
ヒヒーン。
嬉しそうな鳴き声。
アシュリーが飛び乗る。
愛馬は躊躇なく駆け出した。
王都を抜け。
屋敷を離れ。
夜の街道を駆けていく。
振り返らない。
未練などない。
ただ。
心地よい解放感だけがあった。
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