第十八話 目的はお風呂に入ること
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
第一試合。
アシュリーが闘技場へ上がる。
観客席からは早速野次が飛んだ。
「そんな細い女さっさとのして次を見せろ!」
「傷はつけるなよー!」
笑い声が広がる。
対戦相手の男も余裕の表情だった。
「一つ、聞いていいか?」
「……何でしょう?」
「何でここにいる?」
「冗談や道楽なら」
「さっさと辞退しろ」
アシュリーは首を傾け。
考える。
「ホテルに泊まれなかったのです」
「は?」
「お風呂に入りたくて」
何を言っているか分からない。
本気で分からない。
理解できず。
無視して剣を構える。
だが。
アシュリーは動かない。
剣にも手をかけない。
「なんだ、ビビってんのか?」
男が嘲笑する。
アシュリーは首を傾げた。
「必要ないと思って」
「は?」
またしても。
意味が分からない。
当然だ。
アシュリーは笑みを浮かべたまま続けた。
「だって」
ふわりと笑う。
「あなたを殺すのに剣は必要ありませんもの」
男の顔が真っ赤になった。
しかしその瞬間。
開始の鐘が鳴る。
男が地面を蹴った。
一直線。
勢いそのままに剣を振り下ろす。
観客たちも勝負が決まったと思った。
だが。
カンッ!
軽い音が響く。
剣が止まっていた。
アシュリーの前で。
扇子一本に。
「なっ!?」
男が飛び退く。
信じられないという顔だった。
アシュリーは相変わらず剣を抜いていない。
もし本当の強者なら。
この一合だけで理解しただろう。
勝てないと。
だが男は違った。
「ふざけやがってぇぇぇ!!」
再び踏み込む。
全力の一撃。
だが。
アシュリーは何もしない。
避けもしない。
受けもしない。
男の剣が振り下ろされる。
そして。
何も起きなかった。
「……は?」
男が固まる。
剣がない。
正確には。
刀身がない。
柄だけだった。
アシュリーがいつの間にか切り落としていたのだ。
「あら」
楽しそうに笑う。
「刀身の無い剣を振っても、赤子すら殺せませんよ?」
男の顔から血の気が引く。
気付けば。
首元に扇子が添えられていた。
「どうなさいます?」
静かな声。
男は膝をついた。
「……ま、まいった」
「勝負あり!」
審判の声が響く。
第一試合はあまりにもあっさり終わった。
◇
その頃。
アルマも試合へ向かっていた。
対戦相手は控室で拳を止められた男だった。
男は鼻を鳴らす。
「嬢ちゃん、さっきのが俺の実力だと思うなよ」
腰の剣を叩く。
「俺は剣士だ」
アルマは頷いた。
「そうか」
それだけだった。
男の顔が引きつる。
「くっ、調子に乗りやがって」
小物。
アルマの頭に浮かんだ感想はそれだけだった。
だが。
油断はしない。
小物でも頭を使えば強者へ届く。
それを自分は知っている。
盗賊たちから学んだ。
だから剣を構える。
未だあの狂人の域には届かない。
それでも。
多少は戦えるようになったと思う。
もっとも。
それは狂人基準だが。
「第一試合九組目! 開始!」
開始の声が響く。
アルマは動かない。
アシュリーと同じように。
「はっ!」
男が笑った。
「一流なのは煽りだけだったな!」
そして踏み込む。
速い。
普通なら。
十分速い。
強者の一歩手前。
そこまでは来ている。
だが。
その先への一歩は遠い。
あまりにも遠い。
男が剣を振るう。
その瞬間だった。
「すまないが」
声が聞こえた。
背後から。
男の背後から。
「終わってる」
「なっ……」
振り返ろうとする。
だが遅い。
首筋へ添えられた剣の腹。
男の視界が揺れる。
どさり。
膝が崩れ落ちた。
いつ抜いたのか。
いつ移動したのか。
全く見えなかった。
観客席も静まり返る。
審判だけが慌てたように声を上げた。
「しょ、勝負あり!」
アルマは剣を収める。
歓声はない。
驚きもない。
ただ沈黙だけ。
そして。
観客席のどこかで試合を見ていたアシュリーが、少しだけ口元を緩めた。
「ふふ」
まだまだ。
本当にそう言いたげな笑みだった。
アルマはその笑みを見て。
心の中で改めて誓う。
(絶対にいつか殺す)
もちろん。
その日が来る気はまったくしなかった。
今は、まだ。
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