第十九話 闘技場のワルツ
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
準決勝。
闘技場の中央で、アルマとアシュリーは向かい合っていた。
すでに観客席に二人を侮る者はいない。
第二試合、第三試合。
共に圧倒的な勝利を収めた。
実力差など誰の目にも明らかだった。
突出しすぎている。
もはやこの大会の次元には収まっていない。
そんな二人が、今、剣を交える。
「アルマ」
アシュリーが呼ぶ。
アルマは視線を向けた。
ふいにアシュリーが笑う。
その笑みを見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。
「手加減なんて」
紅い瞳が愉快そうに細められる。
「しないから」
本気の宣言だった。
かつての自分なら、その言葉だけで足がすくんでいただろう。
森で出会った頃の自分なら。
奴隷市にいた頃の自分なら。
けれど今は違う。
アルマは口元を吊り上げた。
「喜んで」
開始の合図が鳴る。
同時に踏み込む。
剣と剣がぶつかり、火花が散った。
その瞬間。
アルマの脳裏に、一か月分の記憶が流れ込む。
狂人アシュリー。
何度も相手をした。
何百回。
何千回。
死ぬほど見た。
だからわかる。
わかってしまう。
右。
躱す。
下。
受ける。
斜め後ろ。
一歩前に出る。
フェイント。
大きく避ける。
もう一度踏み込む。
溜め。
させない。
体が自然に動いていた。
考えるより先に。
すでに染み付いている。
観客席から歓声が爆発した。
「うおおおおおお!!」
「なんだあの動きは!?」
「アシュリーちゃんかわいい!!」
「アルマ様ぁぁぁ!! 踏んでくれぇぇぇ!!」
剣閃が走る。
砂煙が舞う。
二人はあえて速度を抑えていた。
本気でやれば観客には見えない。
だから制限を掛けている。
その制限の中で、互いに本気で殺しにいく。
だからこそ観客は熱狂する。
達人なら気付いていた。
二人が遊んでいることに。
殺し合いという狂気の領域で。
それはまるでダンスのようだった。
剣が交差する。
離れる。
踏み込む。
受ける。
返す。
観客から見れば互角だった。
むしろアルマが押しているように見える場面すらある。
だが。
アルマだけは知っていた。
浅い。
心の中で呟く。
浅い。
届いていない。
読めているのだ。
アシュリーが何を狙っているのか。
どう動くのか。
どこが危険なのか。
全部わかる。
しかし。
読めることと。
止められることは違う。
ほんのわずか。
本当にわずか。
その差が埋まらない。
(そこか!)
一瞬の閃き。
だが、その瞬間にはもう遅い。
アシュリーはさらに先へ進んでいる。
剣を受ける。
返す。
下がる。
前へ出る。
すべて読める。
なのに勝てない。
ふと。
アシュリーの目が細められた。
全身に悪寒が走る。
知っている。
この顔を。
死ぬほど知っている。
楽しんでいる時の顔だ。
「いいわね」
剣が交差する。
「ちゃんと見えてる」
押し込まれる。
「でも」
もう一度。
鋼が鳴る。
「まだ遅い」
次の瞬間。
アルマの剣が弾かれた。
視界が流れる。
首元に冷たい感触。
本来なら。
そこは致命傷だった。
静寂が落ちる。
観客は何が起きたかわからない。
あまりにも一瞬だった。
だが二人だけは理解していた。
勝負は終わった。
アルマはゆっくり息を吐く。
負けた。
完全に。
悔しい。
悔しい。
悔しい。
それなのに。
口元が少しだけ上がっていた。
一か月前。
自分は指一本で止められていた。
森では何もできなかった。
奴隷市では半分死んでいた。
今は違う。
勝てなかった。
届かなかった。
それでも。
戦えた。
アシュリーが剣を下ろす。
「上出来」
短い言葉。
アルマは即座に眉をひそめた。
「嬉しくない」
「知ってる」
アシュリーが笑う。
今度はいつもの笑顔だった。
狂人の笑顔。
「だからもっと強くなりなさい」
アルマは舌打ちする。
(絶対に殺す)
その決意は変わらない。
変わらないのだが。
一か月前とは少しだけ意味が違った。
今はまず。
届かなければならない。
そのために強くなる。
もっと。
もっとだ。
闘技場を歓声が包む。
観客は興奮して叫び続けている。
だがその熱狂の中心にいる二人だけは。
まるで別の世界で戦っているかのようだった。
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