第十七話 この程度の人達
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
あれから一ヶ月。
大会当日を迎えていた。
二人はすでに控室にいる。
冒険者としての階級はDランク。
もっとも。
それは実力を表してはいなかった。
普通に依頼を受けていれば、二人ともとっくにBランクへ到達している。
Bランク昇格に必要な護衛依頼だけが未達成だった。
その件についてもギルドへ確認済みだ。
大会優勝後に受けても問題ない。
つまり。
今この場にいるDランクは肩書だけだった。
「ふふ、緊張してる?」
アシュリーが隣を見る。
アルマは鼻を鳴らした。
「……まさか」
緊張。
そんなものはない。
一ヶ月前ならあったかもしれない。
だが。
今は違う。
「そうよね」
アシュリーが笑う。
「だって、この程度の参加者しかいないのだから」
よく通る声だった。
控室中に響く。
(このクソババァ……)
アルマは心の中で悪態をつく。
わざと言っている。
絶対に。
案の定。
周囲の空気が変わった。
殺気立つ視線。
不快感。
怒り。
その中から一人の男が歩み寄ってくる。
筋肉質な大男だった。
「おい嬢ちゃん」
低い声。
「ずいぶんなめた口を利くじゃねぇか」
鋭い視線。
一般人なら怯えるだろう。
だが。
アシュリーは微笑んだままだ。
「あら」
申し訳なさそうな顔を作る。
まるで反省しているように。
けれど。
アルマは知っている。
この顔の後にろくなことが起きない。
「気に障ったかしら」
一拍。
そして。
「ごめんなさいね。だって……」
一瞬の間。
男の眉が動く。
そして。
アシュリーは満面の笑みで告げた。
「事実なんですもの」
空気が凍った。
次の瞬間。
男の拳が走る。
怒り任せ。
躊躇なく。
真っ直ぐにアシュリーの顔面へ。
速い。
普通の冒険者から見れば十分に。
だが。
アルマから見れば。
遅かった。
気付けば身体が動いていた。
ぱしっ。
男の拳が止まる。
アルマの人差し指一本で。
「……は?」
男が固まる。
押し込もうとする。
だが。
動かない。
まるで岩にでも触れたようだった。
「あ」
アルマ自身も間の抜けた声を漏らした。
考える前に身体が反応していた。
見慣れすぎていたのだ。
突進。
力任せ。
直線的な攻撃。
この一ヶ月。
嫌というほど見てきた。
だから反射で止めてしまった。
「ふふふ、アルマ」
アシュリーが肩を揺らす。
「せめて手のひらで受けてあげたら?」
「……」
言われて気付く。
確かに指一本だった。
男の顔色が変わっていく。
理解が追い付いていない。
アルマはため息を吐いた。
そして男を見る。
少しだけ。
同情するような目で。
「この程度なら」
静かな声だった。
「この狂人には吠えない方がいい」
男の顔が引き攣る。
「は?」
拳を引き、数歩下がる。
アルマは続けた。
「死ぬよ?」
脅しではない。
忠告でもない。
ただの事実だった。
一ヶ月前。
奴隷だった自分。
盗賊に囲まれれば終わりだった自分。
そんな自分が。
今では盗賊団を一人で壊滅させる。
魔獣の群れを殲滅する。
理由は一つ。
隣にいる狂人のせいだ。
地鳴らし。
盗賊団。
魔香草。
死体の山。
夜通し続いた虐殺。
そして。
本物の強者。
全部見てきた。
だからわかる。
目の前の男は弱い。
決して弱者ではない。
普通に強い。
だが。
狂人基準で見れば。
あまりにも弱かった。
「おい、お前……!」
男が何か言いかけた。
その時。
ガチャリ。
控室の扉が開く。
「第一試合出場者は準備してください」
係員の声が響く。
静寂が訪れた。
「あら」
アシュリーが立ち上がる。
「呼ばれたわね」
まるで散歩へ行くような口調。
アルマは小さく息を吐いた。
大会。
闘技場。
優勝候補。
強豪たち。
そんなものはどうでもよかった。
この一ヶ月で嫌というほど理解した。
目の前の参加者たちがどれほど強かろうと。
アシュリーの中では。
全員。
「この程度」
に分類される。
だからアルマは少しだけ同情した。
これからアシュリーと戦う対戦相手へ。
ほんの少しだけ。
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