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前世剣神だった悪役令嬢は、婚約破棄で自由を謳歌する~ドレス?宝石?そんなものより強者をください~  作者: 涙目


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第十六話 狂人の訓練

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

アルマが駆け出して行く。

その背中を見送りながら、アシュリーはくすりと笑った。


「どんな修行も実戦に勝るものはないわ」


盗賊。

人間。


魔獣とは違う。


逃げる。

騙す。

隠れる。


集団で襲う。


それら全てが実戦だ。


「ふふふ、人間のようなずる賢い者と相対するなら、これが一番ね」


勘違いしてはいけない。


アシュリーは人を人として認識している。


殺せば死ぬ。

死んだら生き返らない。


それで終わりだ。


だから一般人には手を出さない。

興味もないし、理由もない。


けれど。

盗賊は違う。


盗賊もまた人を殺す。


奪う。

踏みにじる。


ならば。

殺されても文句は言えないだろう。


それがアシュリーの考え方だった。


合理的。

とても。


だが。

それに付き合わされる方はたまったものではない。


「頑張るのよ、アルマ」


魔力による探知で、離れた場所にいるアルマの気配を捉える。


盗賊たちと交戦しているのだろう。


気配が移動している。


戦いながら。

追いながら。


少しずつ強くなりながら。


「ちゃんと私の訓練相手が務まるくらいにはなってね」


そう呟くと、アシュリーは別の準備を始めた。


まずミッフィーの周囲を土壁で囲う。


即席の柵だ。


「ここから出てはダメよ? ミッフィー」


鼻先を撫でる。


ミッフィーが不満そうに鳴いた。


それを確認してから、アシュリーは壁の外へ出る。


「さてと」


空中へ魔力を集める。


闇魔法。

揺らいだ闇から、一束の草が現れた。


魔光草。

一般には魔力を与えると光る珍しい薬草として知られている。


だが。

それは後世の呼び方だ。


昔は違った。


魔香草。

魔力を持ったまま燃やすと魔獣を引き寄せる危険な植物。


さらに。

魔力切れの状態から直接魔力を流し込み、そのまま燃やせば。


「来たわね」


魔獣たちは魔力を込めた本人だけを狙う。


普通はやらない。


当たり前だ。


ただの自殺行為である。


だが。

前世で剣神と呼ばれたアシュリーは違った。


常用していた。


理由は単純。


「探す手間が省けるもの」


たったそれだけだった。


アシュリーは魔香草へ火をつけた。


甘いような奇妙な香りが広がる。


そして数分後。

森の奥で枝が折れた。


地響き。

唸り声。

咆哮。

無数の気配。


魔獣たちが集まり始める。


アシュリーは剣を握った。


口元に笑みを浮かべる。


「さぁ、始めましょうか」


狂った罰ゲームの裏で。


狂った訓練が始まった。



真夜中。

アルマはようやく最後の盗賊を倒した。


竜人族の回復力のおかげで傷はほとんど塞がっている。


だが。

痛いものは痛い。


盗賊のアジトを三つ潰して、まともに歩けている時点で十分異常なのだが、本人に自覚はなかった。


(あの狂人、絶対殺す)


何度目かわからない誓いを胸に歩く。


そろそろ合流地点のはずだった。


その時。


ぐちゅり。


何かを踏んだ。


顔をしかめて足元を見る。


そして。


絶句した。


「なんだ……これ」


そこには地獄が広がっていた。


木々は薙ぎ倒され。


地面は抉れ。


本来森だったはずの場所が広場になっている。


その全てを埋め尽くす魔獣の死体。


何百。


いや。

千に届いているかもしれない。


死体で大地が見えなかった。


犯人は一人しかいない。


だが理解できない。


普通ならこれだけ死体が積み上がれば魔獣は寄り付かなくなる。


魔獣だって馬鹿じゃない。


危険は避ける。


本能で生きている。


それなのに。


今もなお。


森の奥から魔獣が飛び出していた。


中央へ向かって。


次々と。

狂ったように。


アルマは目を凝らす。


死体の山の中心。


そこに何かがいた。


いや。

誰かがいた。


(狂人……)


その瞬間。

眩い光が広がる。


直後。


炎が立ち上がった。


何かを燃やしている。


その途端。


魔獣たちの勢いが増した。


まるで自分から死地へ飛び込むように。


「まさか……」


アルマは気付く。


魔獣を呼び寄せている。


自ら。


わざわざ。


意図的に。


そして。


魔獣たちは死ぬ。


次々と。


絶え間なく。


アルマはその場を動けなかった。


目が離せなかった。


剣。


足運び。


魔力。


呼吸。


一挙手一投足。


全てが洗練されていた。


無駄がない。


美しい。


圧倒的だった。


だから。


気付けば朝になっていた。



「ふふ、寝てもよかったのに」


アシュリーが近付いてくる。


最後の魔獣を切り倒した後だった。


アルマは答えない。


ただ見つめる。


夜通し。


一度も目を離さず。


見続けていた。


アシュリーは不満そうに息を吐いた。


本音では苛立っていた。


魔香草を二十八束。


昼から朝まで使った。


昔なら半日で終わっていた量だ。


剣神だった頃と比べれば遅すぎる。


弱すぎる。


だから機嫌が悪い。


だが。


アルマはそんな事を知らない。


「あんたは殺す」


静かに言う。


「絶対に」


アシュリーは笑う。


予想通りの言葉だった。


しかし。

アルマは続けた。


「けど」


その瞬間。


アシュリーの笑みが消える。


「あんたの動きを見るのが一番その近道だと思うから」


真っ直ぐな視線だった。


怒りも。


憎しみも。


殺意すらない。


あるのは純粋な探究心。


もっと強くなりたいという渇望。


そして。


強者への敬意。


アシュリーは黙る。


少しだけ。


本当に少しだけ。


昔を思い出した。


だから。


低い声で言った。


今までとは違う。


アルマの本能が危険を告げる声だった。


「アルマ」


身体が固まる。


返事もできない。


「あ、ああ……」


「ちょっと見学に行きましょうか」


その言葉だけで空気が変わった。


冗談ではない。


訓練でもない。


罰ゲームでもない。


何かがある。


アシュリーは遠くを見つめる。


まるで懐かしいものを見るように。


「本当の強者たちの戦いを見せてあげる」


その瞬間。


アルマは初めて理解した。


自分が追いかけている背中ですら。


まだ頂に届いていないのだと。

お読み頂き、ありがとうございます。

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