第十五話 罰ゲーム
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
「よくやったわね」
アシュリーがそう言った。
いつものように。
特別な熱もなく。
当たり前のように。
アルマは地面へ座り込んでいた。
息が上がる。
腕も足も痛い。
全身が悲鳴を上げていた。
当然だ。
地鳴らしの群れを相手にしたのだから。
二百を超える牛型魔獣。
本来なら討伐隊を組み、少しずつ数を減らしていく相手。
決して一人で突っ込むような魔獣ではない。
それを。
アシュリーはやらせた。
アルマ一人に。
「クソが」
思わず漏れた悪態に、アシュリーは反応しない。
ミッフィーへ水を飲ませている。
いつも通りだ。
だから余計に腹が立つ。
(絶対にいつか殺す)
何度目かもわからない決意を固める。
効率がいいのは認める。
認めたくないほど認める。
昨日まで奴隷だった。
昨夜は森で死にかけた。
そして今日。
地鳴らしの群れを殲滅した。
あり得ない。
本来なら。
だが出来てしまった。
「何を睨んでいるの?」
アシュリーが振り返る。
笑顔。
いつもの笑顔。
余計に腹が立つ。
「別に」
「そう」
本当に興味がなさそうだった。
そして。
地面に転がる魔獣の死体を見渡す。
「それより」
嫌な予感がした。
「三匹ほど逃がしたわね」
アルマの身体が硬直する。
「は?」
「西へ一匹」
一本指を立てる。
「南へ二匹」
さらに二本。
「合計三匹」
沈黙。
「……」
「罰ゲームね」
満面の笑みだった。
(殺す)
決意が更新される。
(絶対に殺す)
アシュリーは楽しそうに手を叩いた。
「さて、三匹ね」
左手で右肘を抱える。
右手の人差し指で顎をつつく。
考え事をする時の癖だ。
アルマは知っていた。
この仕草の後にろくなことが起こらないことも。
だから目を離さない。
どんな些細な癖も見逃さない。
いつか殺すために。
「決めたわ」
ごくり。
思わず唾を飲み込む。
アシュリーがにやりと笑った。
見慣れているはずなのに。
今でも寒気がする笑顔だった。
「盗賊狩りにしましょう」
その言葉にアルマは安堵した。
なんだ。
その程度か。
盗賊三人。
今の自分なら問題ない。
むしろ楽な部類だ。
「逃がした数分ね」
「……?」
どこか引っ掛かった。
だが考える前にアシュリーはミッフィーへ飛び乗る。
「では、行きましょうか」
「どこへだよ」
「元の町の近くよ」
楽しそうだった。
とても。
嫌な予感しかしなかった。
◇
日が傾き始めた頃。
二人は元いた町の近くまで戻っていた。
アシュリーが地図を広げる。
「まずここ」
指差した場所を見てアルマは首を傾げた。
「盗賊団ね」
「うん」
「次ここ」
別の場所を指す。
「盗賊団ね」
嫌な予感が強くなる。
「そしてここ」
さらにもう一つ。
「盗賊団ね」
沈黙。
アルマはゆっくり顔を上げた。
「……待て」
「何?」
「三匹じゃないのか?」
アシュリーが不思議そうに首を傾げる。
「ええ」
そして当然のように頷いた。
「三件よ?」
満面の笑み。
「三匹逃がしたんだから」
嫌な予感が確信へ変わる。
「罰ゲームも三件」
アルマは天を仰いだ。
狂人だった。
知っていた。
知っていたが。
改めて確認させられた。
「ちなみに人数は?」
聞きたくなかった。
だが聞かねばならない。
「こっちが二十七人」
一本目。
「こっちが三十一人」
二本目。
「最後が四十五人」
三本目。
百人を超えていた。
「クソがァァァァァ!!!!!」
森に絶叫が響く。
「あら?」
アシュリーは本気で不思議そうな顔をした。
「そんなに多くないでしょう?」
「多い!!」
即答だった。
「私なら朝飯前よ」
「知らねぇよ!」
狂人基準なんて知らない。
知りたくもない。
「安心なさい」
アシュリーが胸を張る。
嫌な予感しかしない。
「死にそうになったら助けてあげるわ」
「絶対嘘だろ!」
「本当よ」
平然と言う。
「ちゃんと死ぬ寸前までは見守るわ」
「助ける気がねぇ!!」
本気で剣を抜きそうになった。
殺したい。
今すぐ。
だが無理だ。
勝てないことを知っている。
だからアルマは深く息を吐いた。
そして。
「……終わったら覚えてろ」
そう言うしかなかった。
アシュリーは上機嫌で手を振る。
「頑張りなさい」
まるで他人事だった。
いや。
実際に他人事なのだろう。
アルマは諦めたように剣を握り直す。
盗賊百人超。
地獄である。
だが。
逃げた三匹を追うより。
目の前の狂人が用意する次の罰ゲームの方が。
ずっと恐ろしかった。
お読み頂き、ありがとうございます。




