第十三話 奴隷から冒険者へ
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
一日ゴブリンを狩り、
さらに翌朝、
朝食を終える。
食器を洗う。
焚き火を消す。
荷物を纏める。
ミッフィーへ荷を積み終えた頃には、アルマもようやく一息つけると思っていた。
甘かった。
「行くわよ」
アシュリーが当然のように言う。
「……どこへ?」
まだ少し掠れた声だった。
それでも昨日までと比べれば遥かにましだ。
アシュリーは満足そうに頷いた。
「街」
嫌な予感しかしなかった。
◇
街へ戻る。
朝だというのに活気がある。
商人。
冒険者。
行商人。
荷運び。
様々な人間が行き交っていた。
アシュリーは迷いなく冒険者ギルドへ向かう。
扉を開く。
一昨日と変わらない喧騒。
そのまま受付へ。
「あら、おはようございます」
受付嬢が笑顔で迎える。
「おはよう」
アシュリーが手を振る。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「登録よ」
「はい、カードの更新でしょうか?」
「いいえ」
アシュリーが当然のように言う。
アルマの肩を掴み、
前へ押し出した。
「この子」
沈黙。
受付嬢が瞬きをする。
アルマも瞬きをする。
そして。
アシュリーは言った。
「冒険者登録をお願いするわ」
アルマの思考が停止した。
「……は?」
奴隷市以降。
初めて自然に声が出た。
「何かしら?」
アシュリーが不思議そうな顔をする。
本当に分からないらしい。
「いや」
いや。
おかしい。
色々おかしい。
一昨日。
死にかけていた。
その夜。
魔獣の群れに襲われた。
昨日の朝。
殺す宣言までした。
昨日。
丸一日ゴブリンを狩った。
そして今。
冒険者登録?
「まだ無理です」
思わず言った。
はっきりと。
「何が?」
アシュリーが首を傾げる。
「弱いです」
即答だった。
一昨日ボコボコにされた。
今も勝てない。
たぶん一年後でも勝てない。
「そうね」
アシュリーは素直に頷く。
「弱いわね」
少し傷付いた。
「だから?」
アルマは固まる。
「弱いから登録するのよ」
意味が分からない。
「弱いなら鍛える」
当然。
「鍛えるなら依頼を受ける」
当然。
「依頼を受けるなら登録する」
当然。
「何か問題あるかしら?」
問題だらけだった。
だが説明できる気がしなかった。
受付嬢も困った顔になる。
「規則上は問題ありませんが……」
視線がアルマへ向く。
「年齢は?」
「知らないわ」
アシュリーが即答する。
アルマが額を押さえた。
「十六です」
「お名前は?」
「アルマ」
受付嬢が書類を書き始める。
アシュリーは横から覗き込む。
「文字は読める?」
アルマは頷く。
「書ける?」
再び頷く。
「良かったわ」
なぜか安心したようだった。
◇
手続きは順調に進んだ。
やがて。
小さな金属製のカードが差し出される。
「アルマさん」
受付嬢が微笑む。
「おめでとうございます」
アルマは黙ってカードを見つめる。
奴隷番号ではない。
商品番号でもない。
名前。
アルマ。
生まれて初めて。
自分自身の名前で受け取る身分証だった。
少しだけ。
本当に少しだけ。
胸の奥が熱くなった。
その横で。
アシュリーは全く別のことを考えていた。
「あら?」
受付嬢を見る。
「今回は登録試験をしないのかしら?」
びくっ。
受付嬢の肩が盛大に跳ねた。
一瞬だけ表情が固まる。
だが。
すぐに笑顔へ戻した。
冒険者ギルド受付嬢。
長年鍛えたプロの笑顔だった。
「え、ええ」
必死に表情を保つ。
「アシュリー様のお連れ様ですから」
(どう考えても試験官が無事じゃ済まないわよ!)
心の中で叫ぶ。
怖い。
本当に怖い。
色々な冒険者を見てきた。
新人も。
ベテランも。
上級冒険者も。
だが。
登録前から全身に殺気を纏った冒険者など見たことがない。
受付嬢はアルマを見る。
まだ若い。
十代の少女。
なのに。
立ち方が違う。
視線が違う。
常に周囲を警戒している。
まるで戦場帰りの兵士だった。
下手をすればAランクと言われても信じそうになる。
それほど濃い。
それほど鋭い。
それほど危険だ。
そして。
視線をアシュリーへ移す。
こちらは正反対。
全く殺気が無い。
本当に無い。
一欠片も。
腰の剣さえ見えなければ、
これから花畑へピクニックへ行くと言われても信じてしまいそうだった。
柔らかな笑顔。
穏やかな物腰。
上品な言葉遣い。
どこからどう見ても令嬢。
なのに。
アルマよりも。
遥かに恐ろしい。
(なんなのよ、この人……)
理解できない。
理解したくもない。
受付嬢は必死に笑顔を維持した。
それが仕事だからだ。
「登録完了です」
カードを渡す。
アシュリーは満足そうに頷いた。
アルマはそんな二人を見比べる。
そして確信する。
やはり。
この女は狂人だ。
◇
「さて」
アシュリーは依頼掲示板へ向かった。
「今日はゴブリンを片付けるわよ」
アルマが嫌な予感を覚える。
アシュリーは依頼書を一枚取った。
さらに一枚。
さらにまた一枚。
そしてもう一枚。
受付嬢の笑顔が消えた。
「ご主人様」
「何かしら?」
「その量、一日分じゃありませんよね?」
アシュリーは少し考える。
真面目に。
本気で。
そして。
「そう?」
アルマは空を見上げた。
やっぱり狂人だった。
しかし。
手の中のギルドカードを見る。
奴隷ではない。
冒険者アルマ。
その文字を見つめる。
少しだけ。
本当に少しだけ。
悪くないと思ってしまった。
お読み頂き、ありがとうございます。




