第十一話 真夜中の森で
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
少女は大の字になって眠っていた。
夜露に濡れた草の上。
剣だけを抱いたまま。
完全な野宿だった。
ガサッ。
藪が揺れる。
一匹の獣が姿を現した。
狼型の魔獣。
飢えている。
獲物を見付けた目だった。
眠る少女へ飛びかかる。
その瞬間。
ふっ。
少女の姿が消えた。
次の瞬間。
魔獣の視界が上下にずれる。
いや。
違う。
世界が二つに割れていた。
顔が二つに分かれていたのだ。
そして。
二つに分かれた視界は、そのまま永遠に光を失った。
カラン。
血の付いた剣を振る。
少女は大きく息を吐いた。
そして。
離れた木の上から声が降ってくる。
「上々ね」
少女はうんざりした顔で見上げた。
木の枝へ腰掛けたアシュリーが楽しそうに笑っている。
(上々じゃない!)
心の中で叫ぶ。
声に出しても良かった。
すでに出るようになったのだから。
初めは変わった主人だと思った。
気軽で。
自由で。
少し変わっている。
それくらいだと。
だが違う。
とんでもなかった。
控えめに言って狂人だった。
◇
夜。
森の奥深く。
アシュリーは言った。
「今夜はここで寝なさい」
それだけ。
本当にそれだけ。
そして消えた。
馬鹿なのかと思った。
直前まで何をしていたと思っているのか。
剣の訓練だ。
それも地獄のような。
死を感じる訓練。
汗は滝のように流れていた。
水分補給だけは強制的にさせられたからだ。
『水分補給は大事よ』
そう言いながら、
高速で剣を交えている最中。
当然のように口の中へ水魔法を発生させる。
最初にやられた時は本気で溺れ死ぬかと思った。
意味が分からない。
本当に意味が分からない。
おかげで喉は潤っていたが。
しかし。
匂いは消えない。
汗だくだ。
つまり。
獣が寄ってくる。
ガサガサッ。
予想通りだった。
藪が揺れる。
魔獣が現れる。
一匹。
二匹。
三匹。
「はっ!」
少女は剣を抜いた。
初めは悲鳴しか出なかった喉。
今はもう声が出る。
嬉しくない方法だったが。
確かに効果はあった。
嬉しくないけれど。
本当に嬉しくないけれど。
「くっ、多い!」
主人の姿はない。
気配もない。
つまり。
一人で何とかしろということだ。
「くそぉぉぉぉ!!」
叫びながら突っ込む。
剣を振る。
斬る。
避ける。
何度も。
何度も。
そして。
ようやく静かになった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
限界だった。
体力も。
気力も。
膝をつく。
そのまま意識が落ちた。
◇
「……っ!?」
激痛。
腕へ鋭い痛みが走る。
少女は跳ね起きた。
狼型の魔獣が噛み付いていた。
「つぁぁぁぁ!!」
反射で柄頭を叩き込む。
悲鳴。
魔獣が離れた。
だが。
終わらない。
「グルルルル……」
囲まれている。
狼型。
群れる魔獣。
最悪だった。
少女は剣を構えた。
息が荒い。
眠い。
痛い。
疲れている。
だが。
やるしかない。
一斉に飛び掛かってくる。
その瞬間だった。
頭に浮かんだのは。
あの狂人。
アシュリー。
無駄のない動き。
最短距離の斬撃。
当然のように混じるフェイント。
魔力を纏う動き。
何百回も見せられた。
いや。
焼き付けられた。
やるしかない。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!!」
少女は叫んだ。
そして。
力を抜く。
正面の魔獣へ突っ込む。
一閃。
すれ違う。
振り向きざまに横薙ぎ。
二匹が倒れた。
魔獣達は止まらない。
さらに突っ込んでくる。
袈裟斬り。
返す刀。
蹴り。
息が苦しい。
考える暇もない。
だから。
考えるのをやめた。
身体を動かす。
魔力を流す。
一歩。
さらに一歩。
最短。
最速。
いつの間にか。
アシュリーの動きを真似ていた。
「はぁぁぁっ!!」
最後の一匹を斬り捨てる。
静寂。
少女は膝をついた。
「はっ……はっ……はっ……」
空気が美味い。
肺が焼けるように痛い。
けれど。
分かった。
今。
自分は死線を越えた。
木の根元へ座り込む。
目を閉じる。
だが眠らない。
いや。
眠れない。
気配が分かる。
遠くから見ている魔獣達。
様子を窺う獣達。
全てが分かる。
それは竜人族として生まれ持った感覚。
強者の感覚だった。
そして。
少女は知らない。
自分が思っている以上に。
その才能が異常であることを。
◇
夜明けまで数度襲撃があった。
だが二回目以降は苦戦しなかった。
三回目には慣れた。
四回目には煩わしくなった。
五回目には起き上がるのも面倒になった。
結果。
その場で大の字になって寝た。
今に至る。
なお。
腕の傷は既に塞がっていた。
竜人族の回復力である。
説明不要だった。
「おはようございます」
朝日。
楽しそうな声。
少女は射殺すような目で見上げた。
アシュリーだった。
木の上から降りてきたらしい。
「ふふ」
満面の笑み。
「熱烈な視線ね」
殺したい。
本気で。
心の底から。
けれど。
無理だ。
本能が叫ぶ。
逃げろと。
勝てないと。
「殺しませんよ」
掠れながらも声を出す。
「今は」
精一杯の強がりだった。
アシュリーは楽しそうに笑った。
「いいわね」
満足そうだった。
まるで百点の回答でも聞いたように。
「ね?」
そして首を傾げる。
「お名前は?」
少女は少しだけ沈黙した。
そして。
初めて名乗る。
「私は……アルマ」
アシュリーが頷く。
「アルマね」
満足そうに。
本当に満足そうに。
その日。
アルマは狂人の弟子となった。
お読み頂き、ありがとうございます。




