4.
朝食を食べながら、カルメンは相談を始めた。
「うちの店の子だけど……」
朝食のスープを飲みながら、シャーロットはこくりと頷いた。
「うちの娼婦、アリアドネの様子が最近おかしいの。以前は本をよく読んでいたのに、最近は本を読まなくなったの。日中なのに部屋を締め切って、外に出たがらず。急に喚き出して……もしかしたら阿片をしていないかオーナーも心配になって……」
阿片は、国指定の危険薬物だ。100年前まではベルランド帝国が東海に向けて輸出していた代表格だったが、貴族たちが大量使用した事件が発覚してから危険薬物となった。
ただし、闇市では売られており娼婦が持っていたとなれば警察が介入せざるを得ない。店自体が闇組織と繋がりがあると疑われてしばらくは営業ができなくなるだろう。
だからといって見て見ぬふりをして、蓋を閉ざせば後々面倒になる。
警察に早めの介入をさせて協力して身の潔白を示す方が早い。
だから、店のオーナーも警察を呼ぶ前に証拠を掴みたかった。
「部屋の中に何かありそうなのか?」
シャーロットが質問するとペネロペが手を上げた。
「私と同期で、相部屋だった時期があるわ。だから、アリアドネの持ち物を調べたけど、怪しいものは見当たらなかったわ」
シャーロットは癖のついた黒髪に触れた。
「と、なるとアリアドネが自分で持っているか、部屋の外のどこかに隠しているか……もしくは意外に堂々とした形で置いてあるのか」
シャーロットは帽子を取り、髪をまとめて隠した。シャツを整えて、ジャケットを羽織る。
「アリアドネは今は?」
「今し方、客を送っていたから部屋で休んでいると思うわ」
ペネロペが朝食を運んでいる時に見たという。
「彼女に会わせて欲しい」
シャーロットの頼みにカルメンと、ペネロペは頷いた。
「俺は?」
何かできることがないかと尋ねた。
「……、名刺を一枚出しておいてくれないか?」
シャーロットはしばらく考え込んでルイスに頼み込んだ。
ルイスは首を傾げながら名刺を差し出す。
◆◆◆
「何? 私は疲れているのよ」
気だるげな様子でアリアドネは部屋から出てきた。
「ごめん。昨日の客があなたに会いたいて?」
「あなたの客がどうして?」
ペネロペはルイスを前に出した。
「私は、グレル出版社のルイス・パンドディアと申します。実は私の担当している先生が娼婦の日常を知りたいと資料集めをしなければならず、アリアドネさんにも是非協力していただきたく」
差し出された名刺を見て、アリアドネはぐっと目を細めてみる。
「ふーん、代表作は何かしら」
「探偵ネロシリーズです」
タイトルを聞いてアリアドネは目を輝かせた。大きな黒目がさらに大きくなったように思える。
「まぁ、私の大好きなシリーズだわ」
「来月には新作が出る予定です。是非、お手にとっていただきたい」
「そうね。最近、すっかり目が悪くなってしまったけど」
アリアドネは残念そうに呟く。
「目が悪いのですか?」
「ええ……最近」
「眼科に行かれましたか?」
ルイスの質問にアリアドネは困ったように笑った。
「勿論よ。でも、ちっともよくならないわ」
ちらりとテーブルに並ぶ化粧瓶を見つめる。その中に転がっている小さな瓶がいくつか見えた。
「よろしければ、部屋の中を見ていいですか? 人気の娼婦の部屋がどのような雰囲気か、先生が知りたくて」
「次の作品は娼婦がメインで出てくるの?」
「それは……詳しいことは言えません」
ルイスはしぃっと秘密の動作をした。
「いいわ。さっき掃除は済ませたばかりだし。その代わり、新作のサイン本が欲しいわ。交渉してくださる?」
アリアドネは快く部屋の中へと案内した。
後ろからペネロペとシャーロットも中へ入る。シャーロットの手にはスケッチブックがあった。
「あの子は?」
「ああ、先生の助手です。スケッチが上手く、引き篭もりの先生の目代わりです」
「へぇ……」
シャーロットが持つスケッチには、ペネロペの部屋のスケッチが描かれていた。軽く朝の身支度をしているペネロペの後ろ姿が見える。
「あ、窓を開けるのはよしてね。最近、日の光に弱いの」
カーテンに手をかけたシャーロットにアリアドネは注意した。
「これは失礼しました。部屋はこのくらいの明るさでスケッチは取れるかな」
シャーロットはこくりと頷いた。彼女はさらさらと部屋の風景、机に並ぶ瓶をスケッチした。
ルイスとアリアドネはソファに向かい合って座った。
ルイスはアリアドネに質問を重ねた。
朝のルーティン、昼の過ごし方、夕方のいつ頃から店の準備をするのか。
彼女は非常に機嫌よく答えてくれた。お気に入り小説の関係者の取材だからだろうか。
よく喋り、水がかわきやすく合間によく水を飲んでいた。
水の入ったコップをアリアドネは一気に飲み干して、次の水をたそうとした。
「あら、もう水がなくなったわ。後でとりにいかなきゃ……」
「私が取りに行くわ」
ペネロペは瓶を手に取り立ち上がった。
好みの化粧や、香水の種類まで聞いた。
「最近のお気に入りの化粧は目の周りよ。目で印象はすごく変わるのよ。今は朝だから化粧を落としているけどね」
それでもルイスたちを前にしているから少しだけ薄く化粧をしていた。
「魅力的ですね。夜になるとさらに華やかになるのですか?」
ルイスの質問にアリアドネは首を傾げて微笑んだ。黒目がちの瞳で見つめられて、吸い込まれそうな感覚を覚えた。
「夜にいらして……そしたら私の本気の姿を見せてあげる。あなたなら楽しめそうだからお値段はサービスするわ」
甘い声の誘いにルイスは返答に困りながらも、口にした。
「はい、是非」
ガシャン
ガラスの割れる音に化粧机の方を見た。
シャーロットが机の上の瓶を一つ落としてしまったようだ。
「申し訳ありません」
シャーロットは慌ててハンカチで床を拭こうとした。
「やめなさい!」
アリアドネは叫んだ。
あまりの大きな声で、ルイスもペネロペも驚いた。
「あ、いえ……素手でガラス瓶を触るのは危ないわ。いいからそのままにしておいて」
床に散らばった薬液を吸ったハンカチをシャーロットは仕舞い込もうとしてアリアドネが止めた。
「ガラスの破片がついているかもしれないからそのままで……」
シャーロットはハンカチを床に戻した。
「掃除してもらうし、眠りたいからお引き取りください」
アリアドネの言葉で取材はお開きになった。




