2.
ペネロペに案内された部屋でルイスは椅子にもベッドにも座れずにいた。
「緊張なさっていますか? もしかしてはじめて」
「いや、それはない」
ルイス自身、娼館の経験が全くないという訳ではない。兵役時代、放浪時代に何度か機会はあるし、女性との経験も一応ある。
「では、姐さんと一緒にいたご令嬢のことが気になるのですか?」
ご令嬢というのは娼婦のことではない。
ヨイチのことをご令嬢と呼び、ルイスはペネロペをみた。
ようやく視線を向けてくれたことにペネロペは笑った。
「彼女は……」
「小説の取材で出入りしているの。さすがにご令嬢が娼館を出入りしていたら大変でしょう。だから、別人の男になりすましているのよ」
そこまで聞いてようやくシャーロットがここにいる理由を把握した。
確かに、チャールズ・イヴァノヴィッチの小説にごくたまに色ごとが出ている。
「ご令嬢を知っているのは私と姐さんだけ。一緒にお酒を飲んで小説を飲んで、恋話をしてそれでお給金が発生……上客よ。私と姐さんで取り合いっこしているの」
「いや、さすがにそれは姪じゃなくて本人が行くべきだろう」
話を聞きながら、ルイスは腹を立てた。
思わず口にしてしまった。
シャーロットではなく、彼女の叔父であり作家でもある男・チャールズ・イヴァノヴィッチにである。
極度の人見知りで外出を滅多にしない為シャーロットが代理となって動いている。
とルイスは思い込んでいる。
怪しいオークションの時も、アルトス市の取材の時も思いはしたがそこまで口にはしなかった。
だが、今回は違う。
ここは娼館である。
令嬢がここへ入ればどんな噂を立てられるかわかったものではない。
「ねぇ、姐さんのお部屋へ連れて行ってあげましょうか?」
ペネロペは悪戯気に笑った。
「え?」
「さすがに他の女に移ろいでいる男を抱く程私は落ちぶれていないわ。でも、信用問題はあるから、姐さんのお部屋へ連れこむには必要なものが欲しいわ」
ペネロペは右手を丸くして円を見せた。コインを表すジェスチャーでルイスはため息をついた。
「いくら程で」
ルイスは懐の財布を取り出して、200タル分の札束をペネロペに渡した。
少々多い気もするが、伯爵令嬢が滞在する娼館の部屋へ入るのであればそれなりの額は必要だろう。
実際、大きな痛手ではない。
実はここ最近の臨時収入だった。
通帳を見ると見覚えのない入金で、確認するとベルエイデン伯爵家からの謝礼だった。
シャーロットを守り抜いたことに関しての。
「確かに受け取ったわ。姐さんに確認してあげるからちょっと待ってて」
札束を確認してペネロペは嬉しそうに笑った。
ペネロペは扉を開けて、別の部屋にノックした。
「カルメン姐さん、わたし」
ペネロペは悪戯気に部屋の中へと声をした。
先程、シャーロットの腕に絡みついていた女性は髪の毛を下ろして、寛いだ様子であった。
カルメンはペネロペを見て首を傾げた。
「あなた、お客様はどうしたのよ」
扉は開かれて、ルイスは中を確認した。部屋で待っているように言われたが、我慢できずにペネロペの後ろに控えていた。
「あらら、困ったお客様」
ペネロペの呑気な声をよそにルイスは部屋を確認した。
甘い果実の匂いが充満していた部屋で匂いだけで頭がくらりとしてしまいそうだ。
ソファの背もたれにもたれかかったシャーロットは顔を真っ赤にしてぼんやりとしていた。
帽子で隠されていた長い髪は下ろされていて、先程ピッタリと着ていた紳士服は乱れている。胸元が開かれていて、ルイスは険しい表情を浮かべた。
「彼女に何をしたんだ?」
あまりに厳しく責める言葉に、一瞬カルメンはびっくりした。
だが、すぐに冷静になり微笑んだ。
「何って」
カルメンの答えを待たずにルイスはシャーロットの頬に触れた。
「うぅん……」
シャーロットは瞼を開けて、ルイスをじっと見つめた。眉間にしわを寄せて不機嫌そうに唇を尖らせて、シャーロットはルイスの頭を掴んだ。
「あだだだ」
突然髪を鷲掴みにされて引っ張られてルイスは思わず叫んだ。
「不機嫌なお姫様の愚痴を肴にワインを飲んでいたのよ」
ローテーブルに並んでいるワインボトルを見てルイスは目を見開いた。
一本だけ開かれているが、ワインは結構度数が高いものだった。
アルトス市での出来事を思い出す限り、シャーロットは2、3杯で酔ってしまうことだろう。
「ルイス、お楽しみでしたか?」
シャーロットは不機嫌そうにルイスの髪を引っ張った。
「シャーロットさん、痛いいたい!」
「ふん、お前など髪の毛全部抜けて禿げて仕舞えば良いのだ」
「俺、何かしましたか?」
さすがにそこまでされる程のことをした覚えはない。
「あらあら、自覚ないのねぇ」
カルメンはふふっと笑い、ペネロペにすぐに察したと吹き出した。
「あらあら、じゃあ以前のお話に出ていたのは……」
「そうそう、彼よ」
助ける様子もなく娼婦二人はにやにやと様子を伺っていた。
「俺が何をしたというのです」
娼館で出会ってから、シャーロットの不機嫌の理由がわからずルイスは困惑するばかりだった。
「謝るから教えてください!」
その言葉にシャーロットは手を止めた。
「何も……別に」
拗ねたようにぷいっとよそを向く。
「思えば私とルイスはなんでもないものな。ルイスがどこで何をしようと私には関係ないことだ」
うぅっとシャーロットは両手で口をおおった。
(まずい)
ルイスは慌ててあたりを見渡した。
すぐに察したのか、カルメンは側にあった布でシャーロットの口から出るものを受け止めた。慣れた手つきで優しく背中を撫でる。




