1.
夏の休暇前に区切りをつけていた仕事を見てルイスは満足していた。
新しい書籍のデザインが届いていた。
担当していた作家、チャールズ・イヴァノヴィッチの新作である。
印刷を待ちながらの広告宣伝の手配を確認してようやく大きな仕事は終わった。
「お疲れ様、せっかくだし祝いで奢ってやるぞ」
同僚に声をかけられて、ルイスは即座に頷いた。
この時、店の確認をしていれば良かったと後悔した。
完成されつつある書籍を眺めて気分が高揚し、判断力が鈍っていたのかもしれない。
◆◆◆
ルイスが同僚に連れてこられたのは「エスメラルダ」という名の娼館だった。
「あの、ここは……」
「俺たちも仕事が終わったし、パァッとストレス発散させるぞ」
二人の同僚はルイスを抱えてずるずると建物内へと入っていった。
はじめは同僚三人と複数の女性と飲んで、会話が弾んで合意が取れれば彼女の部屋へと案内される。
「まぁ……出版社勤務と伺っていましたが、随分と体格がいいですね」
同僚が前もって予約していたようで、既にルイスの職業については把握済みのようだ。
ルイスは困惑しながら女性から酒を飲まされていた。
大陸の南方の貿易国のワインの種類が豊富で、休暇中に飲んだアルトス市とは別の味わいがあった。
ルイスの隣に座る女性の名はペネロペ。
二十になったばかりの美しい女性であった。
異国風のドレスを見に纏い、エキゾチックな雰囲気である。
店名からしてこのワインの生産国をモチーフにしているのだろう。
「彼は若い頃に兵役に入ったから体は随分鍛えている方だろう。確か、入社前は東の方へ放浪していたし」
「まぁ、たくましいのね」
ペネロペはルイスの同僚から説明を受けて関心した。
「東というと、天楽?」
「そちらにも通過しました。一番東まで行った先は……ティアランドです」
「途方もない距離だわ」
確かにそうだろう。
この国で海外で、東を行くといえば天楽が大半だ。時々東大陸一番の大国・大眞帝国へ行く者もいるがその他諸国へ足を運ぶ者はほとんどいない。
「私も東へ行ってみたいわ」
「大眞帝国でしょうか。最近装飾品も織物も人気が高いですし」
「陽和国よ」
ワイングラスを持つルイスの手がぴたりと止まる。
何が、どうという訳ではないが、思い浮かんだのは小柄な女性である。
シャーロット・ベルエイデン。
今年に入ってからの縁で何度も一緒に過ごすことになった女性だ。
母が陽和国出身で、自分とは異なるバターのかかった白い肌、蠱惑的な紫の瞳は目を閉じるとすぐに現れてくる。
「実は、最近の可愛いお客様が陽和国の方なのよ」
陽和国との交流は盛んで、時々貿易や留学関係で訪れる者を見かける。
「貿易商か何かでしょうか?」
「んー、さる貴族のお屋敷にお勤めらしいわ」
ペネロペの回答から現れた存在にルイスは困惑した。
シャーロットの母と共にこの国へ訪れて、ベルエイデン伯爵家の使用人となったヨイチである。
(ヨイチさんがこの店に訪問するのかな?)
半ば信じられないとルイスは顔を顰めた。
「興味がある? 彼がくれたものを見せるわ」
ペネロペが言う言葉に、周りの同僚は温かい視線を向ける。
「おお、早速か」
「楽しんでこいよ」
応援するような言葉にルイスは首を傾げて、ペネロペの案内で部屋を移動した。
その途中にルイスは気づいた。
娼婦に部屋を通してもらう意味に。
(つまり、そういうこと?)
内心慌てふためく。
娼婦に個室へ案内されるということは、娼婦からの了承を得たということ。
娼婦との一夜が確約されたのだ。
「待ってください。ペネロペさん」
ルイスは慌てて引き換えそうとした。
「あら、ヨイチさん!」
ペネロペの明るい声にルイスはさぁっと青ざめた。
やはり彼女が言う陽和国の人間というのはヨイチだったのか。
彼女の視線の先にいたのは別の女性と一緒にいた小柄な女性であった。
(違う)
ルイスはヨイチと呼ばれた者に違和感を覚えた。
手足や、肩周り、腰はヨイチのものとは違っていた。
(誰だ)
ヨイチを名乗る他人の顔を警戒しながら見つめて、息をするのを忘れてしまった。
帽子を被り、髪を綺麗に隠している。珍しい紫の瞳で、ヨイチが誰なのかすぐにわかった。
(シャ、シャーロットさん?)
男の服に身を包んだシャーロットだった。
何故、男の姿をしているのかヨイチと名乗っているのかと色々聞きたいことがあるが言葉が思うように出てこない。
「あら、今日のヨイチさんは私のものよ」
ペネロペの前に立ちはだかる女性はぎゅっとシャーロットの腕に絡みついた。
「もう……良いわよ。私は私で素敵なお客様が来ているから」
ペネロペは見せびらかすようにルイスにしがみつく。腕のところでペネロペの豊満な胸があたったがルイスはそれどころではなかった。
「あの、シャ……」
「ごゆっくり」
シャーロットは深い奥底から響く冷たい声でそれだけ言って女性と一緒に部屋へと入って行った。
バタン
扉が閉ざされて、ルイスは取り残された感覚を覚えた。
「さぁ、ルイスさん。私のお部屋はこちらよ……あら?」
ペネロペはルイスの変化に首を傾げた。




