後日談 本当にいうべき言葉
ルイスとシャーロットがアルトス市を出た後、1ヶ月後の話である。
逮捕されたジョージ・ラビエラは拘置所にて裁判を待っていた。
彼の元へ訪れる者は少ない。
血縁者のサラもアルバートも彼により深く傷ついた。ジョージに会うだけの心の準備はできていない。
彼の元を訪れるのは、懺悔を促す修道女のみだった。
「女のお前に何がわかる!」
はじめは反抗的だったジョージであるが、修道女は根気よく彼に接していた。
定期的に面会に来る度に、ジョージは軟化した。
「やぁ、シスター・ルチア」
3週間した頃には挨拶をするまでになった。
「全てレーシーのためだった」
1ヶ月経過する頃にジョージは胸のうちを語る。
「レーシーは間違いなく私にとって特別だった。なのに、奴らはレーシーを身の程知らずと言ってレーシーを苦しめた」
「悲しいことですね。お二人は愛し合い、一緒になったというのに」
シスターは静かに寄り添った。
「そうだ! 好き勝手なことを言って。私はレーシーに伝えた。君は特別だからと……だから、レーシーを特別な存在だと奴らにわからせかった」
「特別……ですか」
シスターは意味深に復唱した。
「なんだい?」
「いえ、特別とはどのような意味でしょうか?」
誰でも知っている単語をわざわざ尋ねるなんて。
ジョージは思わず笑った。
「レーシー様は大変でしたでしょう。常に特別でいなければならないのだから」
「どういう意味だ。私はレーシーが特別な存在と言っただけで、特別になれとは言っていない」
少しばかり心が揺れる。
シスターはじっとジョージを見つめた。
「では、何故……レーシー様はいつも悲しげにしていましたか?」
ゾワッとした。
何故レーシーが悲しげに笑っていたのを知っているのだ。
「言葉と感情は難しい時がある。あなたが伝えたいことは伝わらず、レーシー様は追い詰められた」
シスターはジョージの手を握った。
「考えてみましょう。特別と言われることを。特別にならなければならないという切迫感を」
手の中に固いものが触れた。
シスターが持たせたものを見てジョージは思わず服の中に入れた。監視にみられないように。
面会が終わってから、ジョージは考えた。
特別という自分と、特別と言われたレーシーのことを。
3日もまともに寝ずに考え続けた。
そしてようやく辿り着いた。
「うっ……」
ようやく思い至った言葉にジョージは泣き叫んだ。
ようやく気づいた。
ジョージが言った言葉はレーシーにとって呪いだということに。
ジョージが特別だと言えば言うほど、レーシーは特別でなければならないと切迫感を感じた。
最高の褒め言葉、慰めのはずがレーシーを追い詰めていた。
「私は、私は……っ」
服の中に隠していた瓶を取り出した。
よく知る瓶だ。最近まで、息子に飲ませたものだった。
ジョージは無意識に瓶を開き、一気に飲み干した。
しばらくして、症状が出る。
頭が痛い。吐き気がする。
確かにミカエルが飲むのを嫌がるだけある。
激しい痛み、意識が朦朧とする中、牢屋の向こうに女性が立っていた。
「レ、……シー」
だらだらと流れるよだれの中、妻の名を呼んだ。
彼女は悲しげにジョージを見つめていた。
――レーシーに、なんと言えばよかった?
遅すぎる言葉。
レーシーの子供を故意に苦しめた自分が今更許されない。
だが、口にさせて欲しい。
「愛している」
そういうと彼女は困ったように微笑んだ。
悲しげではない。
遅すぎると言っているように感じた。
朝方、ジョージが食事に出てこない。
拘置所スタッフが様子を見に行くと青白く息絶えたジョージが発見された。
ジョージの部屋には瓶が転がっていた。
それは本来、ここにあるはずのないものだった。
◆◆◆
ジョージが死んだ日は、シスター・ルチアの面会の日だった。
「そんな……」
ジョージの訃報を知り、シスターは涙を浮かべる。
「主よ……どうかご慈悲を」
十字を切り祈る。
そしてしばらく警察の事情聴取を受ける。
「いえ、特には……いつもよりたくさん話してくれると思いましたが、まさか思い詰めていたなんて」
「シスター、気にやまれませんように」
健気に泣くシスターに思わず警察は慰めた。
「可哀想に……あんなに親身に面会に来ていたのに」
拘置所スタッフは帰り際のシスターを見ながら呟いた。
「しかし、あの瓶どこから手に入れたのかな」
「ジョージ・ラビエラの面会者は……」
「いや、シスターがそんなことするわけないだろっ! あんなに熱心なお方がっ……」
どうせ、拘置所仲間から入手したんだろう。
どうやって――それ以上を追求する者はいなかった。
数日後に警察が、やはりシスターが怪しいと思った時には彼女の姿はなかった。所属修道院にも問い合わせたが、彼女の名前は存在していなかった。――
シスターは拘置所を出てしばらく街中を歩いた。
すると横に馬車が止まる。
シスターはするりと中へと入った。
「さすが、2年もジョージを洗脳したから自殺教唆はお手のものか」
馬車の中で腰かけていた男は軽く拍手した。シャーロットがパーティーで出会ったイリヤ・ロンガルであった。
シスターは軽く会釈して向かいに座る。
「別に殺す必要はなかっただろう。たいした情報は持っていないのだから」
「ラナ・モリガンの洗脳手口を知られたくありませんから」
2人の共通の能力は変装。
シスター・ルチアは、この2年間ラビエラ家によく出入りしていた。
「慎重だな……それならもう少し気をつけなよ」
イリヤは彼女の前に本を差し出した。
漢方の本だ。
それを見るなりシスター・ルチアはもぎ取った。
「お手間をかけました」
アルトス市警の手に渡っていたラナ・モリガンの漢方を、イリヤが回収していた。
「……ない」
ぱらぱらと本をめくりシスター・ルチアは呟いた。
「先生の写真」
じっとシスターはイリヤを見つめた。
「僕は落としていないよ」
イリヤは両手をあげた。
「まぁ、シャーロットが回収したと考えるべきかな」
「何を悠長に言ってますか?」
「シャーロットは僕らの同胞だよ」
その言葉にシスターは首を横に振った。
「彼女は違います。私たちとは違う……表社会で生きています」
「でも、生きづらそうにしている。可哀想なシャーロット!」
特にそんなこと思っていないくせにとシスターはため息をついた。
「だから僕は彼女に求婚した」
「それは可哀想ですね」
「でも、拒否された」
「でしょうね」
シスターははぁとため息をついた。
「もう少し慎重にしてください。あなたの行動で、我々の存在を知られる困ります。私たちは来る日まで母国の為に準備をしなければなりません」
母国という単語にイリヤは微妙な反応をした。
イリヤは窓を眺めて呟いた。
「その肝心の母国は、僕らの存在を忘れているのに」
「それでもです」
真面目なシスターの言葉を聞き流しながら、イリヤは口笛を吹いた。
幼い頃に教わった母国の曲を。
それは陰鬱で悲しげな旋律だった。
(終わり)




