エピローグ
祭りが終わった後――青い血事件は、大々的に報道された。
多くの人間の運命を変えた事件も、やがて日常の中へと沈んでいく。
聖杯盗難とも繋がっていたと判明した。
「何故だ。何故、私が解剖をしなければならない」
納得できないとシャーロットは呟いた。
今現在、彼女は司法解剖に参加していた。
ここにある死体はミカエル・ラビエラである。
事件が終わり、祭りは終わるが、もう数日は周辺観光地を巡る予定であった。
しかし、シャーロットが出かけようとした矢先、法医学者に連行されてしまった。
「それはね……この町に法医学者が私1人だからさ」
主導で解剖しているのはシャーロットの父と同年代の男であった。
学会で何度か会ったことはあり、シャーロットの顔馴染みであった。
「私と病理医の2人だけで、臓器の切り出し、細胞固定も行うとなるときつい」
一緒にいる病理医もうんうんと頷いている。60歳を超えた老人医師であった。
「最近は目がしばしばして、顕微鏡をみるとめまいを起こしてな」
「嘘だ。私よりも上達者で、私の10倍の速さで細胞診できる癖に!」
シャーロットは男たちの指示通り、臓器を切り出しする。これが終われば、細胞をプレパラートに固定する作業である。
「子供の前で愚痴愚痴するな。与えられた仕事はこなせ」
男たちは色々とシャーロットに指示を出していた。
女医が増えたといっても、医者の世界はまだまだ男社会である。年功序列も厳しい。
この場ではシャーロットは伯爵令嬢ではなく、1人の法医学者として扱われる。
「いやぁ、助かったよ」
「若いから、少し固定が甘いが……まぁこんなもんじゃろ。何事も数をこなせ」
数日の缶詰めで、一通りの作業が終わりシャーロットはようやく解放された。
残りは2人で分配して、結果が分かり次第連絡すると言われた。
「お疲れ様、シャーロットさん」
入り口付近で迎えにきていたルイスにシャーロットは涙目で言った。
「ケーキが食べたい」
ルイスの案内でシャーロットはご褒美のケーキとお茶にありつけた。
祭りの期間は人が多くて入れなかった人気の喫茶店である。
外を見ると帰宅途中の貴族たちの馬車が通っていくのが見える。
ケーキを頬張るシャーロットを眺めながら、ルイスはここ数日起きたことを伝えた。
ラビエラ家は、ペトロック辺境伯家の完全管理下に置かれた。この騒動で取り潰すべきだという家門貴族たちの主張はあったが、それを制したのはペトロック辺境伯であった。
「ジョージのしたことは許されないことだ。だが、残されたアルバートは関係ない。むしろ被害者だ……サラもジョージの暴力で入院をしている。私は家門の長として2人を保護すべきだと考えている」
言っていることは至極もっともである。
ラビエラ家の実務はカリスが担うこととなった。アルバートが成人するまでのことだ。
アルバートは喘息の治療をしながら、学校へ通う予定だ。もし大学進学までいけるのであればそこまで面倒をみるという。
「アルバート君の家が残ってよかったです」
「そうだな。サラ様にも実家が残されたしよかったよ」
ジョージの凶行の場であったとしても、サラとアルバートにとって家であるのは変わりない。
「そうだ。サラ様とカリス様が昨日訪問してきて教えてくれたんだけど……」
神経科を受診するという。
煙草はストレス、精神の不調で依存してしまったためまずは心を整えて自分を見つめ直そうという。
「悪くない判断だ……とはいえ、心理面のことはなかなか難しいからな」
「でも、大丈夫だと思います」
何と言えばいいのか。
帰り際のサラとカリスはとても仲のいい雰囲気であった。以前は緊張した面持ちだったサラの表情も軽いものになったように思える。
「それは何よりだ」
シャーロットはガイドブックを開いた。
「え、どこか行くのですか? 明日帰りの便なのに」
汽車の日時は明日だ。
「そうだ。だからこそ時間を無駄にできない。今から門限まで、行ける範囲の観光を巡るのだ!」
シャーロットはぷんぷんと怒りながらまだ行っていない観光名所をランク付して、位置確認してスケジュールを組んだ。
すごい集中力である。
短期間でいかに効率よく目的を果たせるか――
若い貴族の間で流行っている遊びが始まろうとしていた。
そしてそれに付き合わせることになるルイスは苦笑いした。
「しょうがないな」
シャーロットを1人にする訳にもいかない。
彼女についていける人間は自分くらいだろう。
今の自分に少し満足げであった。
(終わり)




