20.
「僕、見たんだ……ミカが嫌がってるのに、お父様が無理に飲ませてて……」
昨日とは雰囲気が異なる。今の方が年相応だろう。
昨日は初対面のシャーロットに何とか礼儀を示したいと思っていたのだろう。
「ミカはずっとキキを呼んでいたよ」
それを聞いてキキは涙を流した。
ミカエルにとって頼れる大人はキキだけだった。彼女がいなくなってから死ぬまでの間ミカエルはどれだけの苦しみの中にいただろう。
「坊っちゃま」
キキはその場に泣き崩れた。
見ていられず、メリーはキキに寄り添った。
メリーとしても他人事ではなかった。
自分も、アルバートをそのように失うのを見ていたかもしれない。
「騎士祭り最後のパーティー……お父様は僕を連れて行く」
アルバートは震える声で言った。
「お父様の考えがわからない。姉様もこんなお家だから僕らを見捨てたんだ」
大粒の涙を流す。
「坊っちゃま。サラ様は、そのようなことをしません」
「だって母様が死んでから姉様はちっとも会ってくれない! ミカの葬儀の時も僕を避けた」
おいおいと泣き崩れた。
父の豹変、姉との距離をひしひしと感じてアルバートは限界だと叫んだ。
「姉様は僕のことが負担なんだ! 僕はどうしたらいいんだ」
ルイスはどうしようかと2人の泣き声に困惑した。
シャーロットは無言で立ち上がり、アルバートの隣に座りハンカチで涙を拭う。
「君の姉は君を負担に思っていない。君を大事に思っている」
「嘘だ!」
アルバートの否定にシャーロットは笑った。
「メリーは君が入院した時に一番に連絡したのはサラ様だ」
そういうとメリーはぐっと唇を噛み締めた。
どういう意味だとアルバートは首を傾げた。
「サラ様は君を心配している。だから、メリーはまず頼れる身内としてサラ様を選んだ」
メリーはアルバートの前へ出た。
「坊っちゃま。申し訳ありません。ずっと隠すように言われました」
「だが、私が気づいてバラしたな」
だから、メリーはここで自由に言っていい。
シャーロットは後押しした。
「サラ様は坊っちゃまを心配しています。葬儀の後、私に坊っちゃまのことを何度も頼まれました。いざとなれば、サラ様の元へ逃げ込むようにと」
サラ自身、ミカエルの死を不審に思っているだろう。祈祷師の詐欺に乗せられて治療を受けられないままミカエルは死んだと思い、アルバートの身を心配した。
彼女自身、まさかミカエルが怪しい薬を飲まされているとは思わなかっただろう。
「嘘だ……じゃあ、どうして姉様は」
「おそらく匂いだな」
シャーロットはつぶやいた。
匂いと聞いたら香水だろうか。確かにサラは香水を強めにつけていた。
「香水が喘息に悪い、でしたっけ?」
喘息の人は強い匂いにも過敏になると聞いた。
「ああ、稀に発作を起こす場合がある。だが、あれより香水で隠したものだ」
アルバートはわからないと首を傾げた。
「おそらく煙草だろう」
はじめて出会った時に彼女の手首の動きを思い出した。空中で何かを掴むような動作。
シャーロットは実演してみせた。
煙草を持つ時の手と思えば、そう見える。
「まぁ、手の動きでそうかもと感じた。……確信したのは、模擬戦の時……近くで話した時、彼女の息遣いから煙草臭がした」
シャーロットとサラが近い距離で会話していたのは模擬戦のルール説明の時だ。
そこまで情報が出ればルイスでも予想できる。
「サラ様は、自分の煙草の匂いでアルバート君の発作が起きることを心配していた。重症な喘息は煙草の匂いでも誘発されるから」
ルイスの言葉にアルバートは目をぱちくりとさせた。
「君は久しく病院へ行っていない。自然派に傾倒したあの家で発作を起こせば、君まで死んでしまう」
たがら、サラはアルバートから距離を置いた。
それがアルバートは苦しむ。アルバートから冷たいと恨まれても。
「それに煙草は簡単には辞められない。無理に断てば、強い苛立ちや不調が出る」
医者としての経験談をシャーロットは語る。
「サラ様の立場ではそれは致命的だ」
辺境伯夫人としての立場は色々あるだろう。
サラは自身のことで手一杯かもしれない。
「やっぱり僕は姉様にとって負担じゃ」
「それは違う」
シャーロットは否定した。
「いや、私が言っても信じられないだろう。なら、直接聞くのがいい」
「でも、姉様は僕を避けている」
「病院通院を続けて、喘息の治療管理をするんだ。発作が起きても対処できるようにする。そして彼女に会いに行けばいい」
それにアルバートはこくりと頷いた。
家の崩壊の中パニックを起こしていたが、今はすっきりとした表情だった。
「ありがとうございます」
アルバートは頭を下げた。
「シャーロット様のおかげで、すっきりしました」
ミカエルが死んでから彼自身色々と追い込まれていたようだ。
「おかげで、見えてきました」
視野が広がったようだ。
少しでも落ち着いたのなら何よりだ。
「そっか……姉様は母様と同じく大変なんだ」
「同じ?」
シャーロットは首を傾げた。
「母様も喫煙者なんだ。心臓病になって医者からやめるように言われてもなかなか……」
2年前に死んだレーシー・ラビエラのことだ。
彼女も苦労したのだろう。
アルバートたちが立ち去り、応接間に残ったシャーロットはソファにもたれかかり考え事をしていた。
「何を企んでいますか?」
ルイスが尋ねるとシャーロットは笑った。
「企むとは失礼な」
「教えてください。さもなければ……」
ルイスは今シャーロットが一番困ることを言った。
「騎士パレードを辞退しますよ」
他に思いつかずに口にしたらシャーロットは笑った。
「それで私を脅すか」
「仕方ないでしょう。今俺が持っている切り札はこれだけなんだから」
シャーロットはルイスの頬に触れた。
「そうだな。とっても困る」
だから、仕方ないなとシャーロットはこれから考えていることをルイスに伝えた。
「これは青い血事件を暴く為の小芝居だ」
これにより何が起きるかはわからない。
「サラ様とアルバートに迷惑がかかるかもしれない」
ひんやりとした彼女の右手にルイスは触れた。
「なら、一緒に謝りましょう」
そういうと彼女は悲し気に笑った。




