14.
翌朝、シャーロットは普段通りの彼女に戻っていた。
ペトロック辺境伯家のパーティーで、何があったか口にしない。
「着物が辛すぎて弱気になっていた」
彼女はそう笑うだけだ。
あの時の弱っていた彼女からただごとではない。
実際、シャーロットはこちらに視線を合わせようとしなかった。
何があったか教えて欲しい。
とは直接は言えなかった。
「……ということがありました」
ルイスはせめて自分が得た情報を公開した。
模擬戦でシャーロットを乙女にしたゴーヴァン卿は偽物で、本物の役者は休憩室で眠らされていたという。
「でも、大事にはなっていませんね」
朝の新聞紙をみるが、模擬戦の盛り上がりを記したもので偽物のことは記されていなかった。
新聞紙の写真で、着物の女性に膝をつく騎士の写真が載せられていた。それをみてルイスは胸が苦しくなった。
「きっと祭りの最中騒ぎにしたくなかったのだろう。とはいえ、警察には届出しているだろう」
シャーロットの言葉にルイスはなるほどと頷いた。
「気になるのであればシェトラン警部に聞いてみるか? 管轄は違うが、アルトス市警に顔馴染みくらいはいるだろう」
「いえ、そこまでは……」
ゴーヴァン卿役が何かしらの薬で眠らされていた可能性はある。騒ぎにしたくないといっても、大事な役者の安全は考えられているだろう。秘密裏に警察に届けて、警備にさらに力を入れていることだろう。
「シャーロットさん、大丈夫でしたか? 偽物はわざわざシャーロットさんを乙女に選んだし、心配で……」
ルイスはシャーロットの顔を覗き込もうとするが、彼女は視線を落として沈黙した。
しばらくして口が開かれる。
「何も、なかったよ。きっとあれは私の着物を珍しがっただけだろう」
いつもの口調、調子の声である。
だが、視線をこちらへ移そうとしなかった。
隠している。
でも言ってくれない。
(俺が、信用できないから……)
確かにルイスとシャーロットの関係は微妙だ。友人といってもいいが、それ以上ではない。
あくまでルイスはシャーロットの叔父作家の編集担当で、シャーロットはその補助サポート要員にすぎない。
もどかしくてたまらない。
ルイスはティーカップに手をかける。わずかに揺れる紅茶の面が天井の照明を映していた。
「失礼いたします。お二人にお客人です」
ヨイチは客人を応接室へと案内した。
朝食が終わった2時間後のこと。
今日の予定はどうしようかと話し合う頃合いであった。
応接室にいたのは12歳の少年と、メイドであった。
ルイスたちが中へ入るとメイドは慌てて頭を下げた。
「ご無沙汰しております。先日助けていただいた者です」
メイドは自身の紹介をする。
「こちらは私がお仕えする方で……」
「アルバート・ラビエラです」
彼はソファから立ち上がって頭を下げた。
しっかり教育されたお手本のような礼儀作法であった。
爵位はないとはいえ、ラビエラ家はペトロック辺境伯家門であり貴族の血筋である。
「アルバート様付きのメイドの、メリーと申します」
メイドもそれに倣い名乗った。
すっかり忘れていたが、昨日の模擬戦前に青い血で騒いでいたジョージ・ラビエラの息子だ。
「お二人に助けられました。僕は喘息を患っていますが、しばらく大きな発作は起きず油断していました」
その為だったのか。
しばらく使われていなかった応急処置道具にメリーはもたついてしまった。
本日退院できたため、報告とお礼を兼ねて二人で訪問したという。
「大事に至らずよかったです」
シャーロットの言葉にアルバートは笑った。
複雑な表情であった。
「実は、病院へ行ったのは久々で……先生に怒られました。小さな発作はあっても祈祷師の薬草で何とかなったので父も行く必要はないと言っていて」
あのまま病院に行くという選択すらアルバートもメリーもできなかった。
ちょうど近くにいたシャーロットが病院へ行く手配をして、病院で管理する必要性をメリーに伝えてくれたことがよかった。
「祈祷師……」
ルイスは嫌な単語を拾った。最近、祈祷師というとあまり良い印象はなかった。
それにアルバートは苦笑いする。
「母が死んでから、父は現代医学に不信感を抱いて家族内の病気は全部祈祷師に任せていました」
「自然派を信じるのは構わないが、標準治療から離れるのはおすすめしません」
シャーロットの意見にアルバートはこくりと頷いた。
わかっている。そう言いたげであった。
少し表情が暗くなったように思えた。
「ええ、そうですね。病院にさえかかれば、もしかしたらミカエルは……」
アルバートはそこから先の言葉を飲み込んだ。
一瞬、メリーの方を見た。
「坊っちゃま」
メリーは悲しげにアルバートの側にかけよった。彼を支えるように。
大人びているがまだ12歳の子供、最も信頼する大人に寄り添う仕草が見てとれた。
「平気です」
アルバートは笑い、メリーを元の位置へ戻した。
ミカエルというのは先日亡くなったアルバートの弟であった。
「ああ、青い血が流れているという子の……」
シャーロットは思い出したように呟いた。
それにアルバートは困ったように俯いた。
「生まれつき心臓と気管支が弱い子で、私より発作が多かったです」
思い出しながらアルバートは弟のことを伝えた。
「病院へ連れて行くべきだという使用人は次々と解雇されました」
それを聞くと、誰もジョージ・ラビエラに助言をする者はいなくなるだろう。
「父は毎日弟に祈祷師が用意した薬を飲ませていましたが、ついに発作に耐えられずに最期を迎えました」
ちょうど数日前。ルイスたちがアルトス市を訪問した前日である。
そして祭り開始と同時期の葬儀で起きた、青い血の騒ぎである。
その騒ぎの中、渦中のアルバートは耐えられず気分転換でアルトス私立美術館へと遊びにでかけた。
「おかしいな」
シャーロットは小さく呟いた。
「いや、ジョージ・ラビエラ議員が自然派に傾倒していたのであれば、病院へ連れて行った私に対して……あそこまで素直に感謝するだろうか」
そういえば、昨日の彼にはそのような印象はなかった。ただシャーロットに感謝しているというような仕草であった。
「ああ、それでしたら」
メリーは手を挙げて発言させて欲しいと求めた。
シャーロットはこくりと頷き、メリーは説明した。
「坊っちゃまが入院した日、私は旦那様に叱られました。病院なんかへ連れて行ったことを……あの場を収めたのが祈祷師のラナ様でした」
ラナという名前にルイスは嫌な予感がした。
自然派の単語が出てから以前出会った不気味な祈祷師を思い出したからだ。
「その祈祷師は、ラナというのか?」
シャーロットは確認するとメリーは頷いた。
「はい。ラナ・モリガン様……旦那様が今、最も信頼している祈祷師です」
アルテミア子爵夫人を精神的支配していた女――いや、男だといった方がいい。
腰を曲げて、喋り方で誤魔化していたが取り押さえたルイスは覚えていた。体格のよい男であったことを。
もしかすると青い血も、祈祷師ラナ・モリガンが関与しているかもしれない。




