10.
案内の先には、社交界の主催者――ペトロック辺境伯がいた。
側には長子カリスが控えており、その妻サラが前へ出た。
「お義父様、紹介します。私の弟を助けてくださったベルエイデン伯爵令嬢シャーロット様と、パンドディア男爵家のルイス様です」
シャーロットはゆっくりと頭を下げた。
「お初にお目にかかります。シャーロット・ベルエイデンと申します。この装いゆえ、十分な礼ができません。どうかご容赦を」
確かに、着物の足元を見るとカーテシーは厳しい。
ペトロック辺境伯は静かに笑みをたたえた。
「構わぬ。我らの方から願い出たことだ。どうか楽にされよ」
政治の大半を民主主義に移されたが、旧領主としての貫禄がみえる。
確か年齢は50歳をすぎていただろう。
大陸に近い土地柄の為か、貴族の中で民主主義の動きにすぐに合わせて母国の混乱を抑えることに尽力した。
――そう評されるのも頷ける風格だった。
実際、彼は領民にも慕われている。
彼はゆっくりとルイスの方へ視線を移した。
ルイスは気を引き締めて名乗った。
「ルイス・パンドディアです。今回お招きいただきありがとうございます」
シャーロットに倣い礼をとる。こちらは着物ではない為通例通りに行なった。
「此度の騎士祭りで代役を引き受けてくれたと聞いた。当家が力入れている祭りに助力してくれて感謝する」
「ご期待に添えるよう努力します」
乗り気ではない騎士役であるが、建前の宣言をして挨拶した。
「私も、挨拶をしてよろしいですかな。従兄弟殿」
ペトロック辺境伯と同年代の男が近づいてきた。
「ラビエラ卿」
ペトロック辺境伯は困ったように男の名を呼ぶ。
「はじめまして、お嬢さん。私はジョージ・ラビエラ。市議会議員を務めています。先日助けていただいた息子のことで感謝を伝えたく参りました」
物腰は丁寧であるが、どこか隙を伺っている仕草が見られる。
思わずルイスは警戒してしまった。
「シャーロットです。ご子息の容体はどうでしょうか?」
「だいぶ落ち着いて明日には退院ができます」
それを聞いてシャーロットは安堵のため息をついた。
「葬儀後のごたごたで気分転換にと出掛けさせていましたが、久々の発作でメイドもすぐ対処できなかった為助かりました」
「ご無事で何よりです」
ジョージは深く頭を下げた。心からの礼であろう。
「本当に何と感謝すればいいか」
「いえ、お気になさらず」
感謝はサラからも十分いただいだ。
シャーロットは気持ちだけでよいと辞退しようとしたが、ジョージは引き下がらなかった。
「そういう訳にはいきません。正当なアルトスの王の末裔を救っていただいたのです」
ざわっとあたりが騒がしくなる。
「お父様! その話はよしてください」
サラは顔色を変えてジョージの前へ出た。
「事実ではないか。お前も、辺境も見たはず」
そしてここにいる何人かも。
ジョージは周りを見渡した。
「我が子ミカエルに青い血が流れていたことを!」
声を張り上げて言うと誰も何もいえない。
「本当なの?」
「ええ、信じられないけど葬儀中にご子息の体から青い血が流れたことをみました」
「信じがたいが、あれは青い血だった」
周りの声の中、ルイスは情報を拾う。
(青い血?)
確か、高貴な血筋には青い血が流れるという文言はある。
だが、あれは皮膚から見える血管がそう見えるだけでは?
震えるサラは、これ以上言わないでほしいと父を嗜める。
だが、ジョージは聞こうともしない。
仕方ないとペトロック辺境伯は口を開いた。
「その話は長老会議中だ。ここでいうことではないだろう」
「おお、従兄弟殿。気を悪くしないでください。だが、王の血脈――唯一の男児たるアルバートを助けてくれた令嬢に感謝したくてついつい口にしてしまいました」
ジョージはわざとらしくいう。
計算して、あえて言ったように思える。
面倒なことになりそうだ。
ジョージの主張の為にシャーロットが利用されたように感じて、ルイスは気分が良くなかった。
「それでは、令嬢。後日改めてお礼に参じます」
ジョージは恭しく頭を下げた。
「では私はこれにて。喪中なので早々に退室させていただこう」
そう言いながらジョージは会場から立ち去った。
残された面々は微妙な顔をして互いの表情を確認した。
サラはこれ以上にないほど青ざめて今にも倒れそうだ。
「サラ」
心配そうにカリス・ペトロックは声をかけた。
「あなた、お義父様も申し訳ありません。父の無礼を……許されることではありません」
一族が力を入れている騎士祭の社交界パーティーを、盲信で穢されたのだ。
許されることではないとサラもわかっている。
「静粛に!」
ペトロック辺境伯は段差のある場所へと移り声を張り上げた。
聞き取りやすいはっきりとした声。
思わず引き込まれそうだった。
彼の声が、会場全体に響き渡る。
客は一斉にペトロック辺境伯を見つめた。
「この度、当家のパーティーへきてくれて感謝する。本日は騎士たちの模擬戦を準備してある。どうか伝承の雰囲気に浸ってほしい」
パーティーの挨拶としてしっかりしたもので、あたりは拍手に包まれた。
ジョージが言い残した青い血の話題からすぐに騎士たちの催し物に意識が向いた。
「すごい」
ルイスは感嘆の声をあげた。
世が世であれば、立派な将軍として名を残していただろう。
だからこそ、この場は崩れない。




