5.
「ふふ、ルイスの騎士姿……楽しみだな」
ベッドに横たわりながらシャーロットはふにゃふにゃに笑った。
「おかげで俺は悩んでますよ。俺なんかが、ランチェト卿役だなんて」
ランチェト卿は裏切り、背徳の騎士と言われているが人気がある。
長身の美丈夫、女に夜這いされたり薬を盛られたりと大変なモテ男だった。
どう考えても役不足だ。
「あて」
ぺちとシャーロットがルイスの頬を叩いた。
「俺なんかとか言うな」
シャーロットは不機嫌な声を上げた。
「ルイスはずっと私の憧れの人だった。私の憧れを貶すのはルイスでも許さない」
ぺちぺちとシャーロットはルイスの頬を叩き続ける。
「ずっとずっと前から……また君に会える日を夢みていたんだ」
叩きながら呟く声にルイスは困惑した。
まるで以前から出会っていたような口ぶりだ。
「シャーロットさ……ん」
叩くのをやめたかと思えばシャーロットはルイスの右頬にキスをした。
時間が止まったかのようにみえた。
こんなに静かだと感じたのはいつぶりだろうか。
シャーロットの紫色の瞳が揺れた。
あまりに綺麗な宝石のような瞳。
シャーロットはにこりと笑った。
「おやすみ、ルイス」
そう言い終われば、シャーロットはころんと横になった。
どうしていいかわからず立ち尽くすルイスの横から、音もなく手が伸びた。
ヨイチが、布団をシャーロットにかけたのだ。
あまりに音がしなさすぎてびびった。
ヨイチは人差し指を立てて静かにと伝えてきた。
ルイスはヨイチと共に部屋を出た。
部屋を出た後に食堂に戻る。
アルマも休みを取ったようで、食堂にはシェトラン警部が一人ワインを飲んでいた。
「なんだね。キスくらいはしたのかい?」
ルイスたちを迎えたシェトラン警部は質問を投げかける。
「キ、いや……その」
何と答えようかと思ったらヨイチがぼそと呟いた。
「あれは寝る前の挨拶ですからノーカウントでしょう」
ヨイチ的にはセーフだったようだ。
とりあえず安心した。
陽和国は、女性と手が触れるだけで責任とらされる程の貞淑国家だと聞いたことがある。
多少、ケルトニカの風習に理解を示してくれて良かった。
「なんだ、つまらん」
シェトラン警部は新しくワインを開けた。
「どうだね。せっかくだし、男3人で飲み明かさないか?」
シェトラン警部はテーブルにおかれたグラスを示した。
◆◆◆
よくよく考えるとヨイチとこうして近くに接するのははじめてのような気がする。
汽車の中でも、シェトラン家に到着してからも彼は一歩後ろに控えて給仕する側にまわっていた。
彼はゆっくりとワイングラスを揺らしてから、くぃっと口へ運んだ。
「ヨイチさんは陽和国出身ですよね」
何とない話題を振る。
ヨイチはこくりと頷く。
「陽和国は興味があって行く準備はしていたのですが、母の急病で断念していました」
「お母上の容態は……」
「俺の放浪癖にストレスを抱えていたのが原因でしたので、すっかり元気になりましたよ」
それを聞いてヨイチはふっと笑った。
「お母上が元気になられたのであれば何よりです」
今まで表情が見えない男だと思っていたが、このように優しい笑みを浮かべられるのか。
失礼ながらもルイスは関心した。
「ところでシャーロットさんのお母上とは長い付き合いだったようで」
「はい、母が乳母で、私が生まれた時より一緒にいました。冬子様――お嬢様のお母上をお守りするようにと母から言われて育ち……」
ヨイチは昔の記憶を手繰り寄せた。
「私の姉……が先に生まれたのですが流行病で亡くなり、母は一層冬子様を大事にしておられました。母が死ぬ間際も冬子様のことを心配していらして」
乳母というのは赤ん坊の頃から側で仕える為か、将来の主人に並々ならない感情を抱きやすい。
時には実の子以上の愛情を注ぐ人もいる。
「乳母、というのはそういうものですよね。俺の乳母もそうでした。ヨイチさんはその冬子さんより年下だったそうでしたが、寂しくはなかったのですか?」
だいたいは乳兄弟は年上が多い。乳が出せる状態で乳母になる。
年上の乳兄弟は時々複雑な表情でルイスを見ていたことを思い出す。実の母が別の子に愛情を注ぐ姿を目の当たりにするのは頭の整理がつかなかっただろう。
余計なことを口にしてしまったかとルイスはヨイチをみると彼は笑っていた。
「冬子様は私を弟のように可愛がってくれましたので、寂しいというのはありませんでした。どちらかというと冬子様の方が寂しかったと思いますし」
「何かあったのですか?」
ヨイチは一瞬口を閉ざした。しばらくして喋り出す。
「ルイス様にはいずれは耳に入ることかもしれませんし……」
ヨイチはグラスを傾けると、静かに言葉を継いだ。
「冬子様には実のご両親が不在でした」
その情報にルイスは何と反応すればいいのかわからなかった。
「冬子様のお母上は産褥死してしまい、お父上は戦争を機にいなくなりました。冬子様を養育したのは伯父夫婦になりますが、冬子様の生い立ち故に距離がありました」
生い立ち、という言葉からそれ以上聞いてはいけないような気がした。
代わりにシェトラン警部が口にした。
「トウコ夫人の外見だろう。ベルエイデン令嬢と瓜二つだというし」
「それの何が問題なんですか?」
「東の者特有の肌と黒髪に、非特有の紫の瞳だ」
シャーロットの外見を思い出す。
日焼けをしていない肌の色は真っ白であるが、ルイスの肌と違う。瞳以外は東の者特有であった。
ケルトニカ帝国でも紫の瞳は珍しい。ベルエイデン伯爵も、オリヴァーも違っていたため隔世遺伝か、シャーロットの母親由来と思っていた。
よくよく思い出せば陽和国の人間の多くが黒の瞳か、茶の瞳だった。
「冬子様のお母上は未婚状態で異国の男と結ばれました」
補足するようにヨイチは口にした。
それがとてつもなく重く感じられた。
貞淑国家と呼ばれる程身分高い女性は身持ちが固かったと聞く。
それなのに未婚で、子供を作る付き合いをした。
それも異国の人間と。
シャーロットの年齢から、彼女の母親の誕生時期を考える。
多分ちょうど、ケルトニカ帝国と陽和国が同盟を結んだ頃であろう。
あの時には陽和国にも西の者たちが大勢出入りしていた。
国を背負い同盟の為の婚姻はある。
実際ケルトニカ帝国に、母親が陽和国という人はルイスの同年代にもいた。
だが、親が容認していない婚前の妊娠であれば――さぞかし肩身の狭い思いをしてきただろう。
ルイスは会ったことのないシャーロットと同じ容姿の女性に少しばかりの憐憫さを感じた。




