4.
美術館から帰ると、夕飯の支度は済んでおりすぐに食堂へ通された。
「まぁ、ランチェト卿の役をすることに」
アルマは感激だとルイスを見つめた。
「館長さんの圧に負けてしまって」
メインディッシュの肉を切りながらルイスは呟いた。
「素敵じゃない。騎士姿は映えるでしょう。ランチェト卿は長身の偉丈夫。ルイスさんの姿を写真にとらなければ! ジャン。その日は予定を開けておくのよ!」
アルマは写真かかりをシェトラン警部に任命する。
シェトラン警部は見るからに面倒そうな表情をしていたが、拒否は許されなかった。
「嬉しいわ。ランチェト卿はナディス国出身だから、鎧はナディス国の職人が作ったのよ。縁があるわね」
そういえばとルイスは思い出した。
「家の中の絵画や家具はナディス国のものがありますね」
アルマは嬉しそうに頷いた。
「私のお祖父様はナディス国出身なのよ。実は領地持ちの貴族だったのだけど、色々あってアルトスに流れ着いたの」
確か、100年程前に革命が起きたはず。
西大陸はじめての民衆が政権をとり、それが口火となり各国で民主化が進められた。
ナディス国の貴族の多くが、地位を捨てて他国へ亡命した。
おそらく生き残る為に豪農と縁を繋ぎ、血を残したのだろう。
(そうか。アルマさんがどことなく品があるのは、ナディス国の貴族の末裔として教育を受けたからだ)
ルイスは納得しながらアルマの話に耳を傾けた。
「それではじめての聖杯はどうだったかしら、シャーロットお嬢さん」
アルマはシャーロットの方に声をかけた。
「ええ、とても美しくて感激しました」
シャーロットはにこりと微笑んだ。
猫被りオン状態である。
「わざわざ伝承イベントの為に作らせたものらしいけど、あんなに宝石を使うのは驚いちゃったわ」
アルマは館長が言っていた説明そのままを再現して見せた。
すっと横からグラスに注がれるワインをみる。ヨイチが頃合いを見て注いできたのだ。
「ありがとうございます」
ルイスは小声でお礼を言う。
ワインを口にしながら、ルイスは帰りがけのシャーロットの言葉を思い出した。――
「あの聖杯は偽物だな」
シャーロットの呟きにルイスは首を傾げた。
「まぁ、イベントの為に作らせた品ですし」
わざわざ言わなくてもいいのに。
「違う。あれは、本来展示されている聖杯ではないという意味だ」
シャーロットは続けて説明した。
「宝石の一部がガラス細工だった。かなり精巧に作られていて、一見区別は難しい……まぁ、あれでも本物の宝石がほとんどだからそれなりに価値があるが」
最後の言葉にルイスは困惑した。
「確か、ふんだんに宝石を使用した聖杯を飾るのが今の目玉だったはず」
「事情あって展示できなかったのだろう」
シャーロットは考えられる仮説をたてた。
「一部破損して修理に出したか、盗難にあったか。さすがに破損したなら事情を公開するか。なら……」
そこでシャーロットは止まった。
「やめよう。盗難だったとしてもそれは私の管轄ではないし、盗難に遭った当事者と警察の仕事だ」
盗難に遭ったのは、ペトロック辺境伯だ。
首を突っ込んでも面倒になる。
「せっかくの避暑、取材だ。貴族社会に巻き込まれたくない」
貴族の世界はシャーロットもルイスも苦手だ。
口にすれば巻き込まれる気がする。
だからこの話はこれでおしまい。――
ルイスはワインを揺らしながら、シャーロットの様子を見た。
(まぁ、確かに警察の仕事だし、シェトラン警部は非番。関係ないな)
うんうんとルイスは残りのワインを飲み干した。
(それにしてもこのワインは甘味が強いな)
「どうかしら、我が家のぶどう園で作った品なのだけど」
アルマはにこにこと質問してきた。
「甘くて飲みやすいです」
実際甘いのは苦手だが、飲みやすかった。
「ルイスは辛口の方が好きだぞ」
シャーロットは横から指摘する。
喋りが戻ってきている気がする。
よく見ると顔が真っ赤だった。
これは――酔ってる。
そういえば、ぐびぐび飲んでいたような気がする。
ヨイチが何度か止めに入っていたが、シャーロットは構わずワインをついでいっていた。
「あらあら、もう一本開けましょう」
アルマは立ち上がろうとしたが、ヨイチが声をかけた。
「銘柄を教えていただければ取りに行って参ります」
「あら、じゃあお願いしようかしら」
食後1時間経過したところで、シャーロットは全身で船を漕いでいた。
「あらあら、お嬢さんはそろそろ休まれた方がいいわね」
アルマは微笑ましく言った。
ヨイチがシャーロットの側に近づく。
「お嬢様、寝室までお運びします」
「やだ」
シャーロットははっきりと拒絶する。
「ルイスがいるからルイスがいい」
隣に座るルイスの袖をちょんと掴んだ。
「え、いや……俺は」
「ルイスは嫌か?」
シャーロットは悲しげにルイスを見上げた。
上目遣い、頬が赤くなり目が潤んでいる。
これはどう見ても危ない。
変な男が現れたら酷い目にあってしまう。
そんな危うさがあった。
「申し訳ありませんが、ルイス様……お嬢様を寝室へ運んでいただけますか?」
ヨイチに頭を下げられてルイスはこくりと頷いた。
「あ。念のため、ヨイチさんも一緒に来てください」
万が一のことがあり誤解されては堪らない。
何かあれば、ベルエイデン伯爵とオリヴァーに何と詰められるかわからない。
何を考えているかわからない二人だからこそ怖い。
意を汲んでヨイチが案内する形で、ルイスはシャーロットを寝室へ運ぶこととなった。
抱き抱える形で、シャーロットは甘えるようにルイスの首に腕を回した。
ほんのりと甘いワインの香りが近くで漂う。
思わず酔いそうになるのをルイスはグッと堪えた。




