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シャーロットの仮説  作者: ariya
白亜の王の血脈

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3.


 館長に先へ進めてほしいと声をかけようとしたが、彼が一層青ざめて震えていた。


「大丈夫ですか? 体が悪いとか」

「いえ、実は悩みの種がこのランチェト卿の鎧で……」


 館長は重い口を開いた。


 ――夜な夜な、ランチェト卿の鎧から慟哭が聞こえるというのだ。

 それで夜間警備員が気味悪がっている。


 数日後に開催される騎士たちのパレードでランチェト卿役が辞退したいと言い始めていて困っているらしい。――


 そういえばここに展示されている鎧が騎士たちのパレードで使用される予定だった。


「市長と一緒にランチェト役をなだめていますが、なかなか辞退表明は変わらず。代役も見つからず困っているのです」


 よほどまいっているのか館長はわぁっと泣き出した。


「ああ、どこかで鎧姿でも馬にも乗れて、体力があり、騎士らしい所作ができる方がいないかどうか悩んでいて」


 その時、シャーロットはルイスの方をみた。

 何を言いたいか、わかってしまう。


「シャーロットさん、無理です」


 ルイスは首を横に振った。


「貴族令息だから騎士の所作は習っているだろう」

「無理です」


 シャーロットは質問を続ける。


「馬は乗れるか?」

「乗れますが無理です」


 目の前の館長の目がきらきらと輝いているのが見える。



「代役なんて無理です。数日後の騎士パレードに参加など間に合わない。だいたい俺はもう貴族社会とは疎遠で、昔習った騎士の所作もうろ覚えで」


「ご安心ください。サポートします。側にいる他の騎士役にも言えば、彼らも協力してくださいます。どうか、どうか!」


 その場に床までつきそうな勢いで館長は頭を下げていく。


「待ってください。無理ですよ。本当に」

「いいじゃないか。鎧の着心地も今後の小説のネタになるかもしれない。編集担当なら協力してくれ」


 既にシャーロットは館長側である。


「それに、ランチェト卿の魂がついている鎧を着るのはちょっと……」


 しどろもどろ言うルイスにシャーロットは上目遣いで見つめた。

 「情けない」と言っているようにも感じられて地味に傷つく。


「先程の怪談話を信じなかったくせに」

「気分の問題です!」


 ルイスの叫びに、シャーロットはため息をついた。呆れていると言った方がいい。


「夜な夜な聞こえる慟哭など、幽霊のしわざじゃないから大丈夫だ」


 「え」と館長がシャーロットをみた。


「何だったら説明しよう」


 シャーロットはランチェト卿の鎧の前まで近づいてきた。

 そして上の方をみやる。


「慟哭の正体はいくつかある。ひとつはあれだ」


 シャーロットが示す先には天窓があった。


「正体と言われても、上にあるのは天窓ですよ」


 首を傾げながら館長は言った。


「天窓は開け閉めが難しくなっていないか?」


 突然の質問に館長は動揺した。

 今それを聞くことだろうかと訝しんだ。


「ええ、数ヶ月前から歪んだのか、開けるのも閉めるのも難しくなっています」

「わずかに隙間ができて風が入ってきている。冷たい海風が……」


 ルイスは思い出した。

 よく耳を澄ませれば上の方、天窓付近で風が流れる音がした。


「風が……音を?」


 館長は首を傾げつつもシャーロットの説明に耳を貸した。シャーロットは続ける。


「風は暖いエリアへと移動する。昼間は日の暖かさで上方にとどまるが、夜になると上下の温度差はなくなり風は下へおりる」


 物理、いや気候学の話だ。

 兵役の頃気候の流れを読む方法を教わったことがある。


「その風が兜や鎧の隙間に入る」


 シャーロットはランチェト卿の鎧を示した。

 兜には視界を保つためにスリットが入っている。そこも風が通るのかもしれない。


「兜の顔の部分や細かな隙間に風が流れ込み、内部で共鳴する。同時に別の隙間から外へで、まるで笛のように響いていく……」


「まるで笛ですね」


 ルイスは感想を述べた。

 同時に思い出したのは先程の喘息の少年である。

 喘息の時の呼吸音は笛のように聞こえることがある。



「これが慟哭の正体だ。天窓の隙間、外から入る冷たい海風、鎧と兜の構造……これらが偶然重なり合い音を奏でた。それが悲しげな慟哭のように聞こえたのだろう」


 シャーロットは説明を終えた。

 館長は首を傾げた。まだ微妙な反応をしている。


「……それで、泣き声のように?」


 図を示さずに説明したためイメージが取りづらかったかもしれない。

 シャーロットは締めくくりとして解決策を提案した。


「天窓の隙間を何とかして風が入らないようにしたらいい。すぐに修理は無理でも、布か何かで補強するとか」

「本当にですか?」


 まだ信じられないようだ。


「試すくらいはしていいだろう」


 そう言われて、館長は近くのスタッフを呼び止めた。適当な布で天窓の隙間を埋めるようにという指示であった。


 それを観察しながらシャーロットは笑った。


「まぁ、それで慟哭が続くなら本当にランチェト卿の魂が彷徨っているのかもしれないな」


 彼女の表情はとても意地悪げであった。


 とりあえず彼女が提示した方法は難しいことはない。



 ――それ以降、ランチェト卿の鎧から慟哭が聞こえなくなった。

 避暑休暇が終わり、アシュラム市へ帰宅した後の話になる。

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