1.
島国の南部地方、西部の半島に位置する町。――アルトス市。
二つの海に囲われており、夏は涼しいため富裕層の避暑地として人気の地であった。
古くの伝承ではアーク=タラス王の誕生の地であり、今はそれをモチーフにした祭りの準備で活気付いていた。
せっかくだし、馬車は使わずに街を訪れる。
人の往来激しい道に困惑してしまう。
「シャーロットさん」
早速人波に巻き込まれそうなシャーロットの手を掴み、ルイスは道端へと運んだ。
「お祭り前なのに、随分人が多いですね」
折角の涼しさも、人の熱で暑くなりそうだ。
「はじめは、洞窟や遺跡の方がよかったかな」
シャーロットは頭を抱えた。
「どうしますか? 出ますか?」
「うー、ここまできたならせめて1箇所くらいは……」
なかなか街を出ると言わないシャーロットにルイスは苦笑いした。
「どこへ行きたいんです?」
「アルトス市立美術館だ!」
シャーロットは笑顔で答えた。
かつて、この領地を治めていたのはペトロック辺境伯家であった。
大陸で起きた革命の影響で立憲君主制へと変わり、議会制度が導入される中協力的であったと言われている。
もちろんかつての領主一族からも議員を輩出している。
いまだに影響力はあり、騎士祭の補助金も辺境伯家の私財が投入されている。
政権移り変わりの中、貴族と平民の繋がりは良好であった。
アルトス市立美術館にはそのペトロック辺境伯家の家宝が展示されている。
「この時期は聖杯を展示されていて、今回の目的のひとつだ」
シャーロットはうきうきとしながら市立美術館の中を歩いた。
廊下にはずらりと騎士団の鎧が展示されている。
伝承の騎士団――アーク=タラス王の騎士たちである。
「ん?」
一つだけ、外れに存在する鎧に首を傾げた。
天窓からおりる光の中、寂しそうに直立している。
おもむろに近づくと展示プレートをみて納得した。
(ランチェト卿の鎧か)
ランチェト卿――伝承の中で上位に入る人気騎士であるが、裏切りの騎士とも呼ばれている。だから彼は他の騎士たちと距離を置いた場所で飾られているのだろう。
「風?」
風がないはずの締め切られた空間で、ヒューという音が響いた。わずかな小さな音で、気になりみてみると上の方から聞こえたようだ。
わずかな隙間風でも出ているのだろうか。
「ねぇ、ランチェト卿の慟哭て本当かな」
通りがかりの女性が友人に語りかける。
「確か夜になるとランチェト卿の鎧から泣き声が聞こえるんでしょ?」
「きっとランチェト卿の魂が彷徨っているのよ」
どこにでもありそうな怪談話である。
(そういえば怪談の話を取り入れた小説を書いていたな)
チャールズ・イヴァノヴィッチの過去作を思い出し、ネタにならないかとシャーロットに声をかけた。
しかし、隣にシャーロットはいない。
「大丈夫か?」
気づけばシャーロットが別の場所にいる。
街の通りほどではないが、美術館もそれなりに人が出入りしている。
目を離したらすぐにいなくなりそうだ。
ルイスは慌てて彼女の側へ近づいた。
シャーロットはかがんで少年に声をかけていた。
少年はうずくまって胸を押さえて苦しそうに呼吸をしていた。
ヒューヒュ
空気を切るような、笛のような音が響いてくる。
「シャーロットさん、この子」
「ああ、喘息発作と思う。スタッフに声をかけて病院へ行く為の馬車の手配をしてくれ」
シャーロットは少年を支えて上体を起こした。
喘息や、心不全では座位の方が呼吸がしやすいからだ。
だが姿勢を変えただけでは根本的な解決にはならない。
発作が落ち着くのを待つのもどのくらいのリスクを伴うかわからない。
早めに病院へ連れていくべきだろう。
「ぼ、坊っちゃま」
メイドらしき女性が慌てて近づいてきた。
手には大きな荷物を抱えている。
「この子のメイドか。何か薬はあるか?」
「は、はい。吸入薬があります」
メイドはその場で鞄を開けて、震える手で木箱を取り出した。箱を開けると筒状の金属やガラス器具が並んでいる。
彼女は明らかに慣れていないようで震える手で触れていた。
「吸入器の準備は私がしよう。君はこの子の体を支えてくれ」
シャーロットは少年をメイドに任せて、箱の中の器具を取り出した。一緒に入っていた薬箱から薬草の入った紙を取り出した。
金属皿に薬を置いて、マッチで火をつけて燃やした。
シャーロットは燃やした薬が載った金属皿を少年に近づけた。
「馬車を用意できました」
戻ってきたルイスに頼み、少年を抱えてもらう。その間、シャーロットは少年が薬の煙を吸いやすいようにしていた。
馬車の中でようやく少年の症状は落ち着いた様子だった。
「大丈夫みたいですね」
「いや、喘息発作は繰り返すおそれがある。応急処置の吸入はよく効くが副作用のこともあるから病院でしばらくみてもらうべきだ」
シャーロットの説明にメイドは理解を示し、このまま病院へと馬車を走らせた。
「ありがとうございます」
病院にたどり着くと、メイドはぺこぺこと頭を下げた。
病院も少年のことを知っているようで、ここまでで大丈夫なようだ。
少年とメイドが病院の建物へ入っていくのをみてシャーロットたちはその場を立ち去った。




