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シャーロットの仮説  作者: ariya
箱の中の死

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14.


 シャーロットがエミルを外科へと連れて行き、しばらくしてからルース孤児院の院長が怒鳴り込んできた。


「あんまりです。お嬢様、こんなのは誘拐というやつですよ!」


 外科外来で騒ぎ立てる院長に人々はちらちらと視線を送っていた。


「はぁ、まさかここまでくるとはな。まぁ、その方が色々と助かるか」


 シャーロットは耳をかきながら呟いた。悪びれる様子もない彼女に院長は色々と騒ぐ。


「このことはルース子爵に報告します。いくら伯爵家令嬢でもこればかりは許しがたいことだ!」


 周りの人々がざわざわと話していたが急にぴたっと静かになった。気づかない院長は次々とシャーロットを責め立てる。


「何の騒ぎです」


 ぴしゃりとした女性の声が廊下に響く。それと同時に幾人かの整然とした足音がする。

 視線を女性の方へ向ける。人々は道を空けて、彼女は道の真ん中を堂々と歩いた。

 まるで神話のような出来事のように思える。


 金色の美しい髪をまとめあげていた。白いカモミールの髪飾りが、落ち着いた雰囲気を与えていた。

 それに合わせてクリーム色のデイドレスを身に着けていた。

 足首まで隠したロングスカートは上品に動き、気品を感じさせた。

 何よりも女性が全身で放つ気はただならぬものを感じた。


 シャーロットは彼女の前へ立ち、姿勢を正した。

 スカートの端をつまみ、深いカーテシーをした。

 伯爵令嬢がここまで丁寧な礼をとる相手は限られている。


「キルデック公女にご挨拶を申し上げます」


 シャーロットの言葉から、ルイスは慌てて深く礼をとった。

 新聞で見たことがある存在だ。


 パトリシア・ロザリテ・キルデック公女。

 女王セリーナの姪であり、キルデック大公の長女。

 この国で二番目に高貴な女性である。


「あなたは……誰だったかしら?」


 申し訳なさそうにパトリシア公女は首を傾げた。

 決して嫌味ではない。本当にわからないのだ。


「私はベルエイデン伯爵の娘、シャーロットと申します。数年前、女王のご厚意により女医の地位を授かり、今は父の研究の手伝いをしている身です。研究が忙しく、社交界に顔を出せずにおり公女がご存じないのは当然です」


 すらすらと流れるように語る名乗りである。ルイスは思わず感心してしまった。

 所作、言葉、すべてが研ぎ澄まされておりここがどこぞの社交界ではないかと錯覚してしまいそうになる。


(シャーロットさん、やればできる令嬢だったんだ)


 あまりに失礼なことを考えてしまった。


「ああ、そうでした。……それでベルエイデン令嬢。これは一体何の騒ぎなのかしら?」

「私が本日訪問した孤児院にて子供が怪我をしたため、慌てて受診をさせました」

「そうですか。それで彼は何故怒っているのですか?」


 パトリシア公女はちらりと院長をみた。院長は腰を低くしてただ頭を下げるしかなかった。

 何とかして言いたいものだが、この場で公女の許しなく声をかけることは許されない。

 もし公女にしがみつき訴えれば側にいる護衛が院長を不敬だと締め上げてしまうだろう。


「孤児院から強引に子供を連れてきてしまったため誘拐と思われて騒がれました。あまりに気が動転してしまい、説明することをおろそかにして恥ずかしい限りです」

「仕方ないわ。子供の容態はどうですか?」


 パトリシア公女の関心はエミルの方へと移った。


「それが、公女様のお耳に入れていいものか」


 シャーロットは何と言えばいいのかと考えあぐねていた。


「私が許します」


 その言葉を待っていたと言わんばかりにシャーロットは言った。


「少年は虐待されていたようです。酷い栄養失調と、体中に酷いあざがありました」


 その言葉にパトリシア公女は眉間にしわを寄せた。

 そして外科外来の奥、診察室へと足を進めた。その後ろをついてくるようにと言われてシャーロットは従う。


「孤児院には最近来た子ですか?」

「いいえ、少なくとも1年以上は滞在している子でした」


 パトリシア公女の質問にシャーロットは応えた。


 診察室の中で点滴を受けていたエミルをみる。

 シャーロットとは違う、身分の高い女性を目の前にエミルは一瞬怯えた。


「大丈夫だ」


 シャーロットは口パクで囁いた。

 

「これは」


 点滴をしているため袖をまくられていた。そこには酷い青あざがあり、パトリシア公女は痛ましい表情を浮かべた。


「他に怪我はしていないの?」


 近くにいた看護師は公女の質問に緊張した様子で答えた。


「背中、腰、腹回りにも酷いあとがありました」


 パトリシア公女はエミルの腕に手を添えた。


「これは一体誰がしたの?」


 応えていいものだろうかとエミルはあたりを見渡す。シャーロットはこくりと頷いた。


「孤児院で、です。院長に毎日殴られました」

「何故」

「掃除がきちんとできなかったり、料理をこぼしたら躾と言われて……彼の怒りを買えば、食事も、水も与えられません。僕以外にも酷いことをされた子がいます」


 その言葉にパトリシア公女は側仕えを呼んだ。

 公女の声は静かだったが、その場の誰もが逆らえない響きを帯びていた。


「ルース孤児院に今から捜査をさせなさい。今すぐよ!」


 有無を言わさない言葉。それに侍従は勿論だとすぐに奔走した。


「もう大丈夫よ。私があなたとあなたの友達を助けるわ」


 パトリシア公女はエミルの手を握った。高貴な人にここまでされるとは思わずエミルは思わず神様の存在を信じた。

 きっとキルデック公女は神様で、シャーロットは神様を呼び寄せた天使なのだ。

 

 オットーが僕の元に天使様を呼んでくれたのだ。


 そう思うとエミルはじわりと涙が浮かんだ。

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