12.
フローラがルイスにいくつか尋ねていると、食堂の扉が開かれた。
扉の向こうには先ほどのヨイチがいて彼はお辞儀をする。
「シャーロットお嬢様です」
彼がそういうとのそのそと気だるげなシャーロットが食堂へ現れた。
寝起きで目をしばしばとさせている。
艶やかな髪はいつもより波立っていた。いくつか跳ねているのは寝癖だ。
「もう、シャーロット! 今日は孤児院訪問でしょう。ちゃんと髪を綺麗にしなさい」
フローラはシャーロットの朝の形相をみて注意した。
「髪はご飯を食べたら整えてもらうさ……うん?」
まだ目が半開きのシャーロットは自分の席の隣にいるルイスをみた。
ぼんやりとした紫の瞳が、ゆっくりと見開かれた。
「ル、ルイス! 何故君がここに!?」
顔を赤らめてシャーロットは長い髪を両手でぎゅっと掴んだ。少しでも寝癖を隠そうとしている所作で、ちょっと可愛い。
「朝から騒がしいぞ。ロティー」
朝食を済ませて朝の紅茶を飲み始めるギルバートは注意した。
「お父様! 何でルイスがここに?」
「何で……とは、私が招待したからに決まっているだろう」
「何で教えてくれなかったんだ」
「それはついさっき誘ったからだ。お前はまだ寝ていた」
ギルバートは淡々と答える。
寝坊したシャーロットが悪いと言われてシャーロットはばつが悪い表情を浮かべた。じろっと後ろに控えるヨイチをみる。
「お嬢様、私は何度も言いました。髪を整えてから食堂へ行きましょうと」
何度も助言したにも関わらず無視し続けたのはシャーロットだ。
ヨイチは彼女の椅子を引いて早く座るように促した。
「うぅ、ルイスが来ていると言ってくれればいいのに何で言わないのだ」
シャーロットは恨めがましくぶつぶつと呟く。
「シャーロットさん」
ルイスの声にシャーロットは両手に力をこめる。髪がぷるぷると震えていた。
「違うのだよ。今日はたまたま寝癖がひどくて……」
必死に髪について弁解するシャーロットの耳は今までみた中で一番赤かった。
「おはよう」
ルイスの挨拶にシャーロットは目をぱちぱちとした。
しばらくして彼女は視線をずらしながら呟く。
「お、おはよう。ルイス」
その可愛らしい様子は思わず笑みをこぼしそうになる。
「もう、嘘ついて。いつもそんな寝癖で朝食をとっているでしょう?」
向かいの席のフローラはにやにやとしながらシャーロットを眺めていた。
◆◆◆
馬車の中、シャーロットはルイスがどうして朝のベルエイデン伯爵家にいたのかを聞いて納得した。
「なるほど、シェトラン警部が焚き付けたか」
朝食が終わった後にすぐにシャーロットは朝の身支度をヨイチにさせた。
寝ぐせだらけの髪はゆるやかに整えられている。
よそゆきのためか、髪は編み込みにまとめられ、ところどころに白薔薇が飾られている。
薄いラベンダーのサマードレス。七分丈の袖から白磁のような肌がのぞく。
膝の上には白いリボンのストローハット。
だが、それで彼女の黒髪が隠れてしまうのは少し惜しい気もした。
「別に心配する必要はなかったのだが」
シャーロットは困ったと言わんばかりに笑った。
「これから私が向かうのは孤児院だ。姉が私に割り当てたうちのひとつ――ルース孤児院」
「親玉に殴り込みじゃなかったのですか」
とはいえ、ルース孤児院についてはルイスも調べてある。
ルース子爵が支援、管理している施設である。
ルース子爵は以前、喫茶店「ユーファ」で殺害されたエリオット・ルースの父親である。
エリオット・ルースも善人とはいいがたい男であったが、その父親もなかなかの噂の持ち主であった。
グレル出版社でも彼の記事を書く際は圧力がかかる恐れあり注意している。酷い噂は聞けばぼんぼんと出てくる。
警察に圧力をかけたというのもうなずける程だった。
てっきりシャーロットはルース子爵の元へ殴り込みするものと思っていた。
とはいえ、彼の孤児院へ行くということは決して安心できない。
「さすがの私でもそんな無謀な真似はしないさ。何だね、その目は……信用できないと言わんばかりの目はやめたまえ」
じとーっとこちらを睨むルイスにシャーロットは言う。
「今回はヨイチに同行させる予定であった」
「ヨイチさんて何者なのですか?」
確かシャーロットの側仕えと言っていた。
初対面で間合いに入ってくるあの感覚は今思い出してもぞくりとする。
隙がない。こちらが視線を逸らせばこの首をかかれるのではないかという緊張感を感じた。
物腰は丁寧であるのにあんな気を放たれては敵わない。
まるで暗殺者のように思えた。
「私の母の乳兄弟だ」
シャーロットは何のこともないと言わんばかりに説明した。
「母は故あってこの国へ遊学してきた。その世話役、護衛にとついてきたのがヨイチだった。陽和国出身だが、今は私の父の推薦でケルトニカ帝国の国籍を取得し、資格をたくさん持っている。少なくとも30年は我が家に勤務している古参だな」
すらすらと説明を受けて、ルイスは頷いた。
護衛ならば何かしらの武道を嗜んでいたのかもしれない。
もしかすると東大陸の小説、忍者と呼ばれるものかもしれないなぁと冗談めかしに考えてしまう。
シャーロットの説明の最後の部分を聞いて、頭の中で復唱する。
「30年勤務?」
その年数にルイスは困惑した。どうみても自分より年が近い、年上としてもいくらか程度であろう。
そう思ったのに30年勤務とは。
「一体あの人は何歳ですか?」
「44歳だ」
「44!?」
驚愕の年齢にルイスは思わず叫んだ。
どうみてもあれは20代、いや少なくとも30歳前半だろう。
想像以上の年齢差に困惑せざるをえない。
「よ、妖怪」
「まぁ、妖怪といえば妖怪だな。気づけばいつも後ろにいるし」
シャーロットは過去を思い出した。
――幼い頃夜更かしにベッドの中で小説を読み過ごしていた。
ヨイチが部屋を覗きにきたらシャーロットはすぐに小説を隠して寝たふりをした。
扉が閉まる音を聞いてまた小説を取り出した。
暗闇の中でも窓から漏れる月の光で読めなくはない。
あともう少しでいいところだったのだが……
「お嬢様、目が悪くなりますよ」
突然、後ろからヨイチが声をかけてシャーロットは叫んだ。――
「うん、妖怪だな」
間違いないとシャーロットは頷く。
「まぁ、俺よりヨイチさんの方が頼りになるとは思いますが」
ルイスははぁとため息をついた。
出かけ間際にヨイチから色々と助言を受けてきた。
シャーロットの同伴を代わってくれるというが、彼の方が安心できたかもしれない。
「社会人で仕事を持っている君を巻き込むわけにはいかないだろう」
シャーロットは言い訳を言った。
確かにそうだ。
シャーロットはベルエイデン伯爵家令嬢であり、ルイスは彼女の叔父の編集担当に過ぎない。
叔父の代理打ち合わせで会っているだけの関係である。
「それでも心配だったのです。危ないことをするなら、せめて一言くらい言ってください」
昨日仕事をしながら何度思ったことか。
ルイスの言葉にシャーロットは目を見開いた。少しばかり彼女の紫の瞳が揺れて、窓から入る日の光できらきらと輝いているように思えた。
「君は、随分と……」
何かを言いかけてシャーロットはうつむいた。
そんな変なことを言ってしまったかとルイスは困惑する。
「そんなことを言うとついつい甘えてしまうではないか」
上目遣いで笑う彼女にルイスは妙に調子を狂わされた。




