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シャーロットの仮説  作者: ariya
箱の中の死

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11.


 アシュラムの早朝は霧が現れる。

 都市を横断する巨大河川たるロームス河の影響で早朝に霧が出やすい。

 まだ日があがらないひんやりとした外気の中、ルイスは大きな門を眺めていた。

 ベルエイデン伯爵家の屋敷である。

 上位貴族の屋敷に相応しい大きな門である。


 ルイスの実家、地下あり4階建のタウンハウスとは随分異なる。

 まぁ、こちらは男爵家、向こうは伯爵家だから仕方ないが。

 こうしてみるとシャーロットは別世界の住人だなと痛感する。


「いけないいけない」


 ルイスは両手で両頬を叩いた。冷えた外気の中で音が鳴り響く。


(俺はシャーロットさんが危ないことをしでかさないか見張る為に来たんだ)


 あの小柄な女性が、警察の捜査に圧力をしかけるような連中に出会うなど危険でしかない。

 まずはシャーロットの動向を確認して、危ない場所へ入りそうだったら意地でも止める。

 危ない目に遭ったら手を引っ掴んで逃げる。


 そのためにわざわざ私用休暇をとったのだ。


 昨晩までこなした仕事量を思い出すと自分を褒めてやりたいくらいだ。


「ん?」


 霧の中、人影がみえた。

 ベルエイデン伯爵家の屋敷から出てきた人影だ。

 新聞か何かを受け取りに出たのだろう。

 ギィィと重たく門が開かれる。正確には正門の隣の人が通る為だけの小さな門である。

 スタスタと人影がこちらへと近づいてくる。


 黒い髪を短く切りぴっちりとワックスをかけて、黒い服を着た男である。

 使用人の黒服だったが、執事とは違う簡素な装いだった。

 近づいてみると思ったよりも小柄な男であった。


「ルイス・パンドディア様」


 男が静かにルイスの名を呼ぶ。

 よく見れば随分と若い青年であった。自分と同じくらいか、ひどく落ち着いた声で自分より少し年上だろうか。

 黒い瞳がまっすぐとルイスを見つめた。

 肌の色はシャーロットと同じだった。

 東大陸の人間、もしかするとシャーロットと同じ混血だろうか。


「え、と……俺をご存知で」


 警戒しながらもルイスは男の観察をやめない。

 痩身で、自分よりも小柄だというのにどうにも落ち着かない。

 全身から醸し出す雰囲気がそうさせていた。

 軍人とも違う。だが油断すれば喉を掻き切られそうな気配があった。


「はじめまして。私はヨイチ・キクチといいます。ベルエイデン伯爵家に古くより仕え、シャーロットお嬢様の側仕えをしております。常日頃ルイス様にご挨拶をしたいと思っておりました」


 丁寧に腰を曲げて礼をとる。動きが機敏で隙を感じられなかった。


「え、と……それはどうも。ルイス・パンドディアです」


 想像以上の丁寧な挨拶にルイスは遅れをとりながらも自ら挨拶をした。


「ルイス様、どうぞ中へ」


 彼は屋敷の方へと視線を移した。


「お嬢様はまだ眠られております。早朝の外は冷えるでしょうし、日が出ても今度は暑くなってしまう。外でお待たせするのは忍びありません」

「え、いえ……勝手に待機していて」


 ストーカーだと追い払われないか心配であったがまさか家の中への招待は予想外であった。


「もうしばらくしたら朝食の準備をします。旦那様が是非、ルイス様にも同席をと望まれています」


 ヨイチの言葉にルイスは動揺を隠せなかった。

 彼が言う旦那様といえば、それはこのベルエイデン伯爵家当主のこと。シャーロットの父、ギルバート・ベルエイデン伯爵のことである。


「遠慮なさらずにどうぞ」


 腕を掴まれてヨイチにずるずると屋敷の敷地内へと案内される。

 そんなつもりはなかったというのに、ここでシャーロットの父親と遭遇するなど。


 シャーロットを追い詰めるストーカーだと思われないだろうか。


 緊張するがそれ以上にどうしようかと不安に駆られた。


 ◆◆◆


 さて、どうしてこうなってしまったのか。


 実家の食堂よりも広い部屋だった。長いテーブルにずらりと椅子が並ぶ。

 ルイスは当主席の右側の二番手の椅子へ案内された。一番手はシャーロットである。


 左側から静かな、それでもこすれた銀食器の音が聞こえてくる。当主ギルバートは軽い挨拶だけすませて黙々と朝食に手をとっていた。


 当主席の一番手は空席、その隣の二番手には30代の夫人がにこにことこちらを見つめていた。


 シャーロットの義姉フローラである。

 前日の靴擦れで診察してくれたオリヴァー・ベルエイデン医師の妻だという。


「それでルイスさんは東大陸を転々とされて放浪記を執筆されたのですね」


「ええ、まぁ……」


 他に言える話題が思いつかずにルイスは苦笑いして答えた。


「私は東大陸には興味があるのだけど、遠方すぎて難しいわ。だからあなたの作品を読ませていただいて旅行した気分を味合わせていただいているの」

「光栄です」


 どこかで父が言っていたのを思い出した。

 東大陸は関心の高い土地だ。遠方すぎて気軽に行けないぶん、旅の本にも需要はある。

 それにしても、伯爵家の人間に読まれているとなると妙に気恥ずかしかった。


「俺のは走り書きの旅メモを文章にしたものです。ありがたいことに途中から新聞にも拾ってもらえて、旅費には困らなくなりました」


「すごいわねぇ。私なんて全く想像できないわ。ただ実家の貿易業に欲しいものを発注かけるだけ」


 パンをちぎりながらフローラはため息をついた。


 そういえばとルイスはフローラの隣の席の主がいないことが気になった。


「あ、オリヴァーは当直よ。このまま病院出勤だから今朝はいないの」


 そう説明を受けてルイスはふぅっとため息をついた。シャーロットの父・ギルバートがいるだけで緊張しているというのに、オリヴァーまでいると食事どころではない。


「オリヴァーも大変よね。当直明けに公女の訪問対応を任されているのだから」

「フローラ」


 ギルバートは重く嗜めるように言った。

 フローラは口を押さえて苦笑いした。まるで喋ってはいけないことを喋ったような後だった。


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