8.
死亡推定時刻は操作された。
シャーロットの言葉にあたりに緊張が走った。
「だが、こんなに矛盾を残したままにするとは……犯人はあまり殺しに慣れていないか、強い後ろ盾があったからのどちらかだろうなぁ」
両手を広げてシャーロットは部屋の内部を確認した。天井には釘が刺された跡があった。元からついていたものではなく後からつけられたものだとわかる。おそらくあそこから死体は吊り下げられていたのだろう。
「じゃあ、実際は旦那様が死んだのはいつなんだよ」
ようやく口を開いたのはオットーだった。
声が震えているのがわかる。自殺が他殺だったとはっきり言われたことで、ここにいる誰かが犯人だと疑われているとひしひしと感じられて冷静ではいられないようだ。
「使用人たちが確認した生存時間は最終午後9時……いや、少なくとも夕食が終わった8時までは生きていた。そう考えれば私は9時から深夜0時までのどこか、あるいは少なくとも午前0時より前を怪しいと考えている」
死斑と死後硬直から考えると、警察到着時にはすでに死後8〜12時間ほど経っていたはずだ。
そうなると実際の死亡時間は午後9時から12時の間になる。
「それじゃあ私があの時聞いたレインさんの声は……まさか、幽霊!?」
0時過ぎに死体の最後の生存確認をしていたトラン夫人は青ざめた。
それにシャーロットは否定する。
「そうだったら面白いが、おそらくは違う。あの時間帯にはまだ犯人がいたと仮定しよう。犯人はエリック・レインを殺害した後、彼の死亡推定時間を操作し、首吊り自殺にみたてる準備をしていた。ロープを吊るす場所作りとか……昨夜の物音はその時のものだったのだろう」
シャーロットは少し間をおいた。しばらく息を整えてから続けた。
「夫人が聞いた怒鳴り声はエリック・レインのものではなく犯人のものだった」
「そんな簡単に騙せるものでしょうか」
リーザは青ざめながらも質問してきた。
「夫人は演劇は好きかね?」
突然の別の話題を振られてリーザは困惑した。
「何を急に……もちろん好きですわ。たまにしか観劇はいたしませんが」
「演劇は同じ演題を何日も何回も行われる。さすがに全部同じ人員でまわすのはたいへんで、代役をたてたり1役複数人で行うことは珍しくない。とてもよく練習されていて、ぱっとみて聞いただけでは別の人物が演じているとは思えない」
確かにそうだ。
ルイスも母に連れ出されて演劇を見たが、1役を2人でこなす場面を何度もみかけた。特に体力面で限界がある子供役は何人も用意されている。
「口調や声の大きさを似せれば、同じ人物の声だと錯覚する。まぁ、観劇玄人であればすぐに見破れるそうだが、一般人はすぐに判別はできないだろう。それも姿形をみていない、扉の向こうとなればなおさらだ」
そこまで言ってようやくトラン夫人は思い至ったと声をあげた。
「私も主人も寝起きだったし、レインさんが面倒だから物を投げつけられる前にとさっさと帰ってしまった」
扉の向こうの声がエリック・レインだったか。
今となっては判別ができない。自信もって彼であると言いづらくなった。
「トラン夫妻が去った後は犯人は引き続き工作に勤しんだ。首吊り自殺に見立てた舞台を作り、エリック・レインの死亡推定時刻を操作して」
「時刻をどうやって操作するの?」
スーザンは首を傾げて尋ねてきた。
「直腸温の低下を遅らせるには、死体の周囲を温めればいい。例えば、湯たんぽが入った毛布や布団にくるめてみる」
クローゼットの中を示した。寝室の外で待機していた警察がクローゼットを開けると手前の方に布団と羽毛布団が置かれていた。
「この時期に、湯たんぽ……とは思うがカロンさんの話からエリック・レインは相当の寒がりで夏でも今の時期であれば夜は冷えるため湯たんぽの準備をさせていたという。なら、家内の湯たんぽを使っても全く怪しまれないだろう」
別の警察が湯たんぽを4つ持ってきた。この家の中のもので、どれもエリック・レインのものだ。
冬になればエリックは3つも使用していたそうだ。もう1つは妻のリーザのものだろう。
シャーロットは湯たんぽの蓋を開き、ひっくり返した。内側からぴちょんと水がいくらか降ってくる。
4つのうち3つにはまだ水が残っていた。
使ったばかりなら不自然ではない。だが、この季節に3つ同時というのは話が違う。
「まだ残っていたようだ。1つは堂々と外で乾燥させられるが、残りの3つはさすがに見えるところに乾燥させると不審がられるものな」
シャーロットはふぅとため息をついた。
どれも乾いていれば、この仮説は崩れてしまうところだった。
「そんなの……冬のものをそのまま乱雑にしまっただけかもしれないじゃないか」
オットーはぼそっと呟く。
「それもそうだな」
シャーロットは特に気にしないと警察に湯たんぽを回収させた。
「だが参考にはなる。最近使われたものか、長く放置されたものかの見当くらいはつくだろう」
微妙な視線の中シャーロットは笑った。
「仮説としてはあながちありえなくはないだろう。死体は夜間ずっと湯たんぽと毛布、布団で温められていた。その間は犯人はアリバイ作りにいそしめばいい。そして朝方に戻り、死体を首吊り状態にした」
そこまで話すとカロン、スーザン、オットーはお互い視線を向けた。
この中でエリック・レインを殺害して、死亡推定時間を操作し、首吊り自殺と見立て工作に勤しめた人物は限られる。
リーザとスーザンは違うだろう。
リーザは午前1時から9時までは友人宅で飲み明かしていた。朝方の工作は不可能だ。
スーザンは午後の9時から12時はダンスホールで遊んでいた。警察が調べたところでダンスホールにいた友人がスーザンがその時間帯にいたことを証明してくれる。
つまり殺害、工作できたのはカロンとオットーに絞られてくる。




