4.
「ああ、子供はあっちいっていろ!」
厨房にやってくるとオットーは苛立ってシャーロットを追い出そうとした。
シャーロットは外見こそ若く見えるが、実際はルイスよりも2歳年上の女性である。
シャーロットはやや不機嫌そうな声で自身の紹介をした。
「私はシャーロット・ベルエイデン。警察から検死依頼を受けた法医学者だ」
はぁ?とオットーはシャーロットをじろじろと見た。
「おいおい、この国はガキに死体を触らせるのかよ」
どうかしてやがるとオットーはひとりごちた。
「私は27歳。子供ではない」
それを聞いてオットーはぷっと笑った。
「いくら子供扱いされたくないからといって嘘はいけないや。ほらよ、これをやるからあっちいっていな」
キッチンの作業テーブルの上にどんと料理皿を見せつける。
野菜とハムを挟んだサンドウィッチが綺麗に並んでいた。
それをみてシャーロットはむぅと皿を睨みつけた。
ぐぅ……
おいしそうな匂いにつられて鳴る彼女の腹の音にルイスは軽く吹き出してしまった。
じろりとシャーロットの睨む視線にルイスはすぐに口を押さえた。
それはそうと腹が空いていた。
よくよく考えればランチをとりに喫茶店へ行ったというのにそのまま検死場へと連れ出されてしまった。
「ほらほら遠慮するな。そこのでかい兄ちゃんの分もあるぞ」
もう一皿差し出されてルイスは反応に困ってしまった。
「それを食ったらキッチンを出るんだぞ。俺は奥様の昼食を作らなきゃいけないのだから」
「この大量のサンドウィッチは違うのか?」
シャーロットはサンドウィッチに手をのばして頬張りながら質問した。
それにオットーは困ったように首を横に振った。
「奥様は今は食欲がないんだよ。だから少しでも口に入れられるスープを作ろうと思った」
サンドウィッチは執事に言われた警察たちへの差し入れだという。シェトラン警部が勤務中だと言って断ったから大量のサンドウィッチが余ってしまったそうだ。
まぁ、俺は警察じゃないし巻き込まれただけだしいいのかな。
ルイスはシャーロットに倣い、サンドウィッチを頬張った。
手に怪我だらけの料理人の料理で大丈夫かと一瞬心配した。
だが、彼自身手袋をして料理をしている。手袋はきちんと手入れされており綺麗で問題ないと判断した。
「うまい」
思わず声をもらす。
ルイスの声にオットーはにやりと笑った。
「しかし、こんな子供が死体を触る仕事をするなんてどうかしている。死体を触るのを嫌がり子供にさせるなんて……」
何を誤解しているのか、オットーはシャーロットにそのような立場を与えた警察に文句を抱いているようだった。
「そうだ。私は当番ではないのに、あいつが無理やり私を連れ込んだのだ。酷い警部だろう」
「ああ、あのいけすかねぇ警部だな。やろう、なんて奴だ」
シャーロットはオットーの文句に乗って非難をシェトラン警部に向くように誘導した。
それは大丈夫なのだろうか。ルイスはシャーロットをみるが彼女はもぐもぐとサンドウィッチを頬張っていた。
「子供には汚いものは見せてはならない。子供は大人に守られて笑っていればいいんだよ」
スープを作りながらオットーはつぶやいた。
「お子さんがいるのですか?」
思わずルイスは尋ねてしまう。それにオットーはゲラゲラ笑う。
「いや。俺は独身で、子供もいねぇよ」
味見をしながらオットーは何度か調整をする。食欲がない女主人の為に大事に作っているように思えた。
「兄ちゃんは嬢ちゃんの保護者だろう。事情があるんだろうが、子供にこんな仕事はさせちゃダメだ。ちゃんと守るんだぞ」
話をこちらに振られて今更違うとも言えずルイスは曖昧に頷いた。
「ところで仕事で知らなければならないのだが、君は最後に主人が生きていた時を見ていたのだろう。どんな様子だった」
「ああ、仕事でいるのか……」
オットーは複雑な表情を浮かべた。子供に大人の面倒な姿を見せるのは嫌な様子だった。
「では、こいつに代わりに教えてくれ。私は退場する」
シャーロットはポンとルイスの肩を叩いた。
え、と言う前にシャーロットはキッチンからささっと外へ出た。
「まぁ、いいか」
オットーは仕方ないというように肩をすくめ、昨日の様子を語り始めた。
リーザと大喧嘩後のエリックは随分と気が立っていた。オットーに本を投げつけてきて、彼は最後の仕事をすませてささっと部屋から出ていった。
「その時の傷がこれだよ」
オットーは額を見せてきた。昨日重いものをぶつけられた痕が確かにある。
「エリックさんは結構怒りっぽいのですか?」
「ああ、気に食わなければすぐにかぁっとなる。普段は問題ないんだけどな、近所では素敵な紳士で通ってやがるが面倒くさい男だよ」
はぁ、とオットーは肩をすくめた。
「だが、最近仕事でも悩みがあったようで、自殺をしてしまうとは思わなかった」
しんみりとした口調であった。
「エリックさんとは結構長い付き合いなのですか?」
「ああ、俺もカロンと同じ時期に雇われたんだよ。その前は炭鉱町で労働者の飯を作っていた」
炭鉱町で働いていたと聞いて納得してしまった。随分と荒っぽい口調が目立つのは労働階級の中で仕事をしていた名残だろう。もしかすると手の傷跡もその時のものだったのかもしれない。
「カロンが紹介してくれたんだよ。こっちの方が母親の病気にはよかったし」
「母親」
「関係ないけどな、俺の母親は癌だった。もう手の尽くしようもないが、せめて少しでも痛みがない日を過ごしてほしいと緩和病棟に入院させたかった。ここの給与で病院で過ごさせて……」
それを聞くとオットーはエリックに感謝しているようだ。色々面倒な人間性があり愚痴はするが。
「あの、後は……オットーさんは昨日仕事が終わった後にどこで過ごされていましたか?」
「ん、ああ。アリバイだろう。警察にも言ったが……」
オットーは苦笑いして答えた。
「一旦家に帰ったのだが、旦那様に怒鳴られてむしゃくしゃして眠れずにな。酒場宿へ行ったんだ。朝起きれないかもしれないし、そのまま安宿をとって店員に起こしてもらった。確か、酒場へ行ったのは午前1時、午前5時には下ごしらえで出勤しないといけないから4時30分まで仮眠をとったぞ」
この国では酒場の営業は0時までと決められていた。
だが、抜け道というのはある。
それが酒場だった。
2階に簡単に寝るための部屋を作って宿泊施設と登録していれば、0時超えでも酒と料理を提供できた。
宿泊料も安価であり、オットーのように夜遅くまで酒を楽しんでそのまま宿泊して朝方仕事へ向かう労働者は珍しくない。
「ありがとう。美味しかったです」
ルイスはサンドウィッチのお礼を言ってキッチンを後にした。
キッチンのすぐ外にはシャーロットが待機している。腕をくんで壁にもたれかかって。
「こんな感じでよかったですか?」
オットーに聞こえないように小声で尋ねるとシャーロットはこくりと頷いて笑った。
「ああ、十分情報は得られた」




