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シャーロットの仮説  作者: ariya
箱の中の死

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2.


 馬車移動中に、シェトラン警部は検死案件の簡単な説明をしてくれた。


 果たして自分が聞いていいものかとルイスは不安になったが、シェトラン警部が無理矢理シャーロットを連れ込む事件が何か気になってしまう。


「被害者は、エリック・レイン。52歳、男性。税務官だ。本日朝、首を吊っていた状態で発見され、警察への通報となった。死亡時間は、周囲の情報と深部体温から本日午前3時前後と推測。仕事は真面目、近所トラブルはなかったそうだ。妻と2人暮らし、家に出入りするのは通いの執事、メイド、料理人の3人……小規模な上流家庭だ」


 話を聞く限りではとても難しい案件には感じられない。税務官であれば仕事での悩みはあっただろうし、自殺として考えても問題ないように思えた。



 馬車は住宅街の中、三階建ての集合住宅へと辿り着いた。


 検死案件は三階の家庭のようだ。

 同じ建物に住む人が、不安な様子でこちらを見つめていた。


 ◆◆◆


 検証場所である寝室まで通された。


 ルイスの視線が最初に捉えたのは、天井から垂れたロープだった。


 天井には新しい釘が打たれており、そこから切れたロープが垂れ下がっていた。

 その真下には椅子が転がっている。


 いかにも首吊り自殺らしい光景だった。


 ベッドの上に横たわるのは死亡したエリック・レインだ。

 手袋をつけたシャーロットは死体に触れた。

 体を覆っていたシーツをめくると死体があらわになった。


 シャーロットは側にいた警官に頼み、死体の体を動かした。

 シャツをめくると背中は赤紫色に変色が広がっていた。シャーロットが死体の手を掴むと、手のしなやかさはなく硬くなっていた。


「全体が硬い」


 シャーロットが呟く中、死体の爪の中が赤黒くなっているのが見えた。同時に古い切り傷が目立つ。


「君は死体慣れしているね」


 突然の言葉にルイスは困惑した。

 シャーロットが検死をしている最中、距離を置いて見ていたルイスにシェトラン警部が声をかけてきた。


「場慣れしているというか、肝がすわっているというか」

「いや、俺もさすがにアシュラムの街中で死体が転がっていたら驚きますよ」


 とりあえず変な誤解は解いておきたい。


「こうした死体のある空間に入れば普通は落ち着かない。あの使用人たちのように」


 シェトラン警部が視線を向けたのは、居心地悪そうにしている使用人たちである。


 一番落ち着いているのは年配の執事であるものの、顔色が悪い。時々、女主人を気遣うように声かけしていた。


 女主人の名はリーザ・レイン。

 今回亡くなったエリック・レインの妻である。

 外見は若い。聞けば29歳だとか。

 52歳の男性の妻にしては若く感じるが、後妻と聞いて納得した。


 今朝の騒動でリーザはすっかり気落ちしているが、憂げな表情が艶かしく感じる。

 だが朝帰りだったと聞いて認識が一変した。どうやら昨夜は夫と喧嘩をして家出、友人宅で一晩過ごしてからの朝帰りだという。9時に帰宅すると警察たちがわらわらと自宅を出入りして、夫が死んだことを知らされて気が動転していたようだ。


「奥様、お水をお持ちしました」


 彼女に声をかけたのは執事の男。今回の自殺現場の第一発見者である。


 カロン・キーウィ。

 レイン家の通いの執事である。

 54歳、10年以上レイン家で働いており付き合いはそれなりにある。

 出勤時間は午前7時、朝食の用意ができたが一向に起きる気配がない主人を心配して部屋をみると首吊り状態で発見したという。動揺しながらも救命処置の為にロープを切り、体をベッドに移したがすでに死亡していたため警察への連絡となった。


「どうしよう。どうしよう。旦那様がいなくなったらこれからどうなっちゃうの?」


 スーザン・キディ。

 警察の捜査を眺めながら青ざめて何度も質問を繰り返すのは通いのメイドであった。年齢は25歳。主に部屋の掃除と、女主人の世話をしている。


「悩んでも仕方ないだろう」


 オットー・ロート。

 苛立ちながらスーザンに言うのは料理人である。

 異国から移民した労働階級出身のようで口調が粗野なのが気になる。

 年齢は49歳、無精髭を生やしてくたびれたコック服を着ている。

 手首までかかったよれよれの長袖から切り傷だらけの手がのぞいた。

 これで料理をするのかと不安になる。


「シェトラン警部」


 シャーロットが呼ぶと、シェトラン警部はすぐに彼女の側まで近づく。

 シェトラン警部が来たのを確認してシャーロットは手袋をつけた手で死体の目をめくった。まぶたの裏を見せているようにみえる。


 ルイスは死体を見つめた。

 首を吊った死体を見るのは初めてではない。東大陸の発展途上国の公開処刑場でみたことがあった。

 なぜか妙な違和感を感じた。それが何かはわからないのだが。


「私にはこれが溢血点に見えるのだが」


 ルイスには何のことだかよくわからなかった。


「私もそう見えるね」


 シャーロットの問いにわかっていると言いたげにシェトラン警部は頷いた。


「君の部下が記録した死因は、自殺、定型的縊死と書いているようだが」

「ああ、書くように指示したね」

「他には何も」

「書かせていないね」


 何の問答をしているのかルイスにはわからない。だが、シャーロットの声が苛立っているのは伝わってきた。


「君はもう一度検死の講義を受けたまえ」

「私がわからない訳ないだろう。少なくとも君より首吊り死体を見てきたのだから」


 シャーロットの皮肉にシェトラン警部は困ったように呟いた。


「この件は上からの重圧がかかっているのだよ」


 低い小さな声で囁き、シャーロットの表情が見るからに嫌なものへと変化した。


「どこから?」

「貴族から……確証はないが、ルース子爵だろう。以前も重圧をかけてきたし」


 シャーロットは面倒な表情を浮かべた。

 シェトラン警部はさらに言葉を続けた。


「私も本意ではない。これを自殺としてささっと片付けるのは……そこでちょうどよく、自由きままな法医学者の令嬢がいたから声をかけたのさ。君は伯爵家の令嬢だ。子爵も強くは出られない」

「普段はいつも私に危険なことをするな、勝手に動くなという癖に」


 シャーロットは唇を尖らせてぶつぶつと文句を言った。彼女の態度など慣れているようでシェトラン警部は半ば挑発するように聞いてきた。

 

「君だったらどう感じる? これを自殺として片付けることに」


 シャーロットはじとっとシェトラン警部を睨んだ。そんな当たり前のことを聞くなと言わんばかりの表情であった。


「そんなの気持ち悪いに決まっている。こんな矛盾点が多い死体を目の前に自殺と片付けるなど……思考停止だ」


 決して許されないと彼女は断言した。

 それを期待していたとシェトラン警部は唇を吊り上げていた。

 

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