第98話 【前世編】菅田龍斗⑥
――ちえりの祖母の葬儀の日は、しとしとと雨が降り注ぐ、どんよりとした曇り空の日だった。
◇
ひっそりと葬儀場に顔を出した龍斗は、遠くから喪主を務めるちえりを見た。
黒い喪服に身を包み、ぎゅっと唇を噛み締めながら何かに耐えるようにしているちえりは、見ているだけで痛々しかった。
参列者の人数も少なく、葬儀に呼ばれていない龍斗は、なんとなく中に入ることも躊躇われて、ずっと遠くからその様子を見ていた。
列に並ぶことなく、祖母の冥福を祈る。
――鷹宮の家に行っていなければ。
ちえりと一緒に、祖母を見送ることができていたのだろうか?
彼女の隣で、もっと支えてやることができただろうか?
後悔しても仕方のない思いが胸をよぎり、湧き上がってきたやるせない気持ちに蓋をする。
葬儀が終わるまで龍斗はずっとちえりを見守り続け、葬儀が終わって葬儀場から出てきた後も、そっとちえりの後を追った。
(……まるで、ストーカーみたいだな)
今している自分の行動を省みながら自嘲する。
(自ら家族であることを手放した代償が、これか)
鷹宮家に行かず槙田の家に残っていたら、自分は今、こんなストーカーのようなことなんてせずに、ちえりの隣に寄り添っていることができたのに。
そんな思いが頭をもたげるけれど、でもそれでは、あの家の経済事情は救えなかった。
それでも、龍斗は思わずにはいられない。
あの場所で、寄るべもなく一人で喪主として立たせることなんて、できればしたくなかった。
ちえりの後を追いながら、なんだかその背中が妙に小さく見えるのは、果たして自分が大人になったからなのか、それとも彼女の悲しみのせいなのか。
一体どちらなのだろうと思った。
――そう思っていると。
がくっ、と。
ちえりが自宅の玄関のドアを開けた瞬間、くず折れるようにドアにもたれかかりながら膝をついたのが見えた。
「――ちえり!」
視認した瞬間、考える間も無く体が動いていた。
カンカンと階段を鳴らしながら駆け上がり、玄関のドアを開けたまま地面に膝をつくちえりのそばに跪く。
「……ちえり」
ちえりは――――――嗚咽していた。
ぼたぼたと、地面に大粒の涙をとめどなく流しながら、声も出さずに泣いていた。
「……ちえり」
腰を抜かしたように地面に手をついているちえりを抱き起こすと、横目で龍斗に気づいたちえりがほんの一瞬だけ惚けたような顔をした後、くしゃりと顔を歪ませ、龍斗の胸に飛び込み、感情を決壊させたかのように声を上げて泣きだした。
「ああ……、あああああ…………!」
龍斗はそんなちえりの手を引いて、家の中まで導いてから玄関の鍵を閉めると、縋り付いてくる彼女を床に座って抱きしめたまま、泣かせたいだけ泣かせた。
「わあああああああああああ…………!」
それはもう、嗚咽というよりも叫びに近い。
身を切るように全身で慟哭するちえりは、時折叫びの中に「ごめんなさい……、ごめんなさい……」とか、「どうして気づいてあげられなかったんだろう」と言った謝罪や後悔の言葉が紛れていた。
龍斗は、ちえりを抱きしめながら、葬儀に行く前に鷹宮の人間から聞いていた話を思い出す。
『言われてお調べした際にわかったことですが、どうやら……、あの家の失踪していた父親も、亡くなっていたのが最近見つかったそうです』
『自殺だったらしいです。……お嬢様も警察に身元確認に呼ばれて確認されたとのことで』
本人にとってもタイミングが最悪でした、と調査した人物も言っていた。
ただでさえ、祖母の危篤で落ち込んでいたちえりに、とどめと言わんばかりに父親の自死が知らされたのだ。
自分の胸元にぎゅっと縋りつきながら滂沱の涙を流すちえりを見ながら、龍斗はどうしたら彼女の悲しみを拭うことができるのかわからず、途方に暮れることしかできなかった。
◇
しばらくすると、ちえりも体力の限界が来たのか、激しく泣いていた勢いも少しずつ弱まり、肩で息をするようになっていた。
そっとちえりの額に触れてみる。
――熱い。
熱が出たのだ。
そう思った龍斗は、ちえりを宥めながらなんとかベッドに寝かせた。
体温計を探して熱を測ってみると39度ある。
(薬を買いに行かないと)
それか――、常備薬があるかもしれない。
そう思った龍斗がちえりを寝かせたベッドから離れようとすると、くい、と自分の上着の袖を引っ張られたのを感じた。
「…………どこにいくの…………?」
見ると、ちえりが朦朧としながらもそう言って龍斗を引き留めようとしている。
「…………りゅうくん、ひとりはやだよ…………」
「…………ちえり」
「おいてかないで……。ひとりはやだ…………」
顔を赤くしながらぽろぽろと涙を流し、力なく龍斗の袖を掴んでいる。
それを見た龍斗は、ちえりを抱えて近くの病院に連れていくことに決めた。
病院で診てもらった結果、疲労もあって風邪を引いたのだろうとのことだった。
数日休んで安静にしていたらよくなるだろうと。
それからの数日。
龍斗は、ほとんどちえりの家に住み込むような形で、つきっきりで彼女の看病をした。
昔、ちえりから作り方を教えてもらった卵がゆを作っては、冷ましながら食べさせる。
薬を飲ませて上から毛布をかけ、時折、額に浮かんだ汗を冷たいタオルで拭き取ってやる。
夢の中でも自分を責めているのか、布団のそばに座っていた龍斗がうとうとしていると、布団の中から控えめに嗚咽を漏らす声が聞こえてきた時もあった。
そんな時、龍斗は布団の上からそっと宥めるように背中を叩いてあげることしかできなかった。
――ひとりじゃない。
ちえりが、ひとりではないのだと。
夢の中にでもいい。彼女に伝わるように。
なかなか熱がひかない彼女は、せっせと世話を焼く龍斗を夢の中の人物だと思っているらしく、龍斗がいることに疑問を持たないようだった。
だいぶ体力が回復してきたと思われる頃、家からいい加減戻ってくるように連絡があった。
後ろ髪を引かれる思いはあったが、「また改めてくるから」と言い残して龍斗はちえりの家を後にした。
その日から、龍斗は本格的にちえりを迎えにいく準備を始めた。




