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【完結】恋愛トラウマ持ち令嬢は逆境に負けない 〜婚約者を正ヒロインに奪われましたが、隠し攻略対象に愛されながら真エンドで世界を救います〜  作者: 遠 都衣
第三部 ゲームの終焉編

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第93話 【前世編】菅田龍斗①



 ――物心ついた時には、自分の人生はろくなもんじゃないんだって理解していた。


「あんたはあああああああっ!! なんで!! なんで生まれてきたのよおおおっっ!!」


 バシっ! どんっ!

 大人の力で、力一杯平手打ちをされ、ふっとんだ体が柱にぶつかる。



 ――ああ、今日はダメな日か。


 じんじんとうずく頬と、柱に強く叩きつけられた背中の痛みをぼんやりとどこか遠くに感じながら、龍斗は次の一撃が来るのを身構える。


「あんたのせいで……! あんたがいなければ……!」


 阿鼻叫喚といった様子で龍斗に暴力を振るう母を見ていると、時折、どちらがひどい目に合っているのがわからなくなる時がある。

 自分の方が明らかにひどい目に合っているのに、自分は泣き喚くこともできず、どうして母の方が泣き喚いているのだろうと。

 普段物静かな母は、ある時ふと何かの限界が来ると、こうして龍斗を痛めつける。

 痛めつけることで何かを発散しているのだとわかるようになったのは、龍斗が小学校中学年になったあたりからだ。


 その前までは、何か自分が悪いことをしたせいで自分がこんな目に遭っているのだと疑うことなく、ずっと「おかあさんごめんなさい、いい子になるから」と必死で訴えていた。


 結局、自分がいくらいい子になろうが母のフラストレーションが解消されることがないので、それが全く無意味だったことに気付いた時、どれだけ暴力を振られても泣き叫ぶことをやめた。

 泣き叫んだところで、降り注ぐ暴力が病むことがないと分かったからだ。


 タチが悪いのは、散々殴る蹴るを繰り返されたあとは、人が変わったようにころりと優しくなること。

 その瞬間だけ、束の間の安息を得ることができる。

 いつも自分の食事などまったく気にかけない母が、ちゃんとご飯を食べさせてくれ、余裕があればおやつまで与えてくれる。


 それが、典型的なDVの症状なのだと龍斗が知るようになるのは、彼がもっとずっと後の大人になってからの話だ。


 時折、母と自分の――いや、母の様子を見に来る男の人がいた。

 その人が来るのは本当に時々、せいぜい半年か1年に1回くらいだったが、龍斗はもしかしたらこの人が自分の父親なのかもと思っていた。

 母の機嫌がいい時に、それとなくそう尋ねたことがあったが「違う」と言われた。

 それでも龍斗は、彼が本当に自分の父親で、いつか自分をこの苦境から救い出してくれたらいいなと、密かに思ったりもした。


 ――そんなある日のことだ。


 母が、薬の過剰摂取で突然死したのは。

 それが自殺だったのかそうでなかったのか。

 龍斗は教えてもらえなかったし、どうやら大人たちもわからないようだった。


 学校からアパートに帰ってきた龍斗が、母が部屋で倒れているところを見つけて交番に駆け込み、警察や救急車が慌ただしく訪れ、結果母親が死んだと言うことを教えられた。

 

 初めて身近な人の死を目の当たりにした恐怖。

 母親が死んだのは自分のせいだと責められないかと言う不安。

 どうして、自分の母は普通の母親とこんなにも違いすぎるのかという怒りと悲しみ。

 そうして――、これでもう、この人から殴られることはなくなったという安堵。


 一晩でいろんな感情を味わい尽くした後、龍斗はすべてを諦めることを覚えた。


(――もう、どうでもいいや……)


 最初から最低だった人生に、また最低が更新されただけだ。

 期待しても祈ってもいいことなんてないなら、最初から自分の人生はそんなものだと諦め切った方が楽だ。

 感情も感覚も遮断して、何も感じないで生きていけばいい。


 そう思った龍斗を引き取ると言い出したのは、時折自分と母親の様子を見にきていたあの男だった。



 ◇



 男が龍斗を連れて帰った家は、普通の家というよりも立派な戸建の家で、自分の父親かもしれないと思っていた男は、自分達のことを放っておいてこんなにいい暮らしをしていたのかと内心で落胆した。


「こんにちは、龍斗くん。私のことは『おばあちゃん』でも『りえばあちゃん』でも好きに呼んでね。それからこの子はちえり。私の孫よ。この子のことも、あなたのお姉ちゃんだと思っていいんだからね。ね? ちえり」

「うん」


 男から紹介された老婦人と娘。

 小綺麗で苦労知らずそうな彼女たちは、きっと裕福な暮らしをしてきたのだろうとくさくさとした気持ちになったが、露骨に態度に出してここから追い出されるのもよくない。

 そう思った龍斗は黙って申し訳程度に頭を下げた。


 さりげなくあたりを見回し、母親はいないのかと思ったが、龍斗にとってはそのほうが好都合だった。

 母親的な女性は、彼にとってはもはやトラウマに近かったからだ。

 優しくされてもきっと、どこかでまた暴力を振るわれるのではないかと身構えてしまう。


(――施設に入れられるより、マシだと思おう)


 この家の家族の機嫌をとりながら、なんとかうまくやっていく。

 他人に施しができるほどの裕福な家なのだ。

 この環境をうまく利用して生きていこう。


 そう腹を括った龍斗だったが、自分のその考えがまったく検討外れであったということを、間も無く知ることになる。

今日は101話まで更新します。

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