第91話 トゥルーエンドにたどりつく
「サリュート様、わたくしの後ろに下がってください……!」
伐採された世界樹から、キラキラとした金色の光と、黒く澱んだ靄のようなものが溢れ出てくる。
それらがこちらに向かって押し寄せてくるのを見たチェリエは、サリュートに自分の後ろに下がるように叫ぶ。
チェリエの言葉に逡巡するような様子を見せたサリュートだったが、結局は彼女の言葉に従い素直にチェリエの後ろに控えた。
すると、金色の光と黒い靄が一気にチェリエに押し寄せてきて、チェリエはずんと体に負荷がかかるのを感じた。
金色の光は、世界樹がもともと持っていた人間に対する愛情や希望、慈しむ心。
黒い靄は、世界樹が引き受け、浄化しきれなかった人々の苦しみや呪いだ。
チェリエは世界樹から溢れ出る金色の光を自らを仲介して新芽に注ぎこもうとしたが、まとわりつく黒靄は容易にそれを許さない。
なので、黒靄の浄化も同時に行おうと試みたチェリエだったが、靄の浄化をしようとした途端に全ての力を根こそぎそちらに持っていかれそうになる。
(……ダメだわ。このままじゃあ、新芽を育てる前に、浄化で終わってしまう……!)
原作ゲームでは、うまくできていたはずだったのに、どうして――?
チェリエは、自分がなぜ今こんな状況に立たされているのかと考えようとするが、あらゆることが一気に襲いかかってきたことでチェリエの思考はまとまらない。
そうこうしているうちに、チェリエの状態を察したサリュートが再びチェリエの前に進み出て、花創天剣を自らの前にかざすと黒い靄だけを自分の前で止めてみせた。
「サリュート様!」
「ひとりでがんばらないでって、この間言ったばかりじゃないか」
そう言ってサリュートは背中ごしに笑うが、チェリエの目にはサリュートが塞き止めている靄が、ゆっくりじわじわと彼を浸食しようとしていっているのが映る。
「サリュート様! 危ないから下がってください!」
「嫌だよ。好きな女の子も守れないで、どうして好きな子の後ろに隠れていられると思うんだ」
その言葉に、チェリエは胸の内にじわりとした何かを感じながらも、今はそれどころではないと気を取り直す。
(誰か……! サリュート様を助けて……! わたくしだって、好きな人を守れずに、他の人を助けたって仕方ないもの……!)
焦燥するような想いで、チェリエがそう願った時だった。
ふわ……、と。
どこからともなく、色とりどりの光が現れたかと思うと、チェリエのそばにただよう。
――花の精霊たちだ。
チェリエの周りに現れた形のない小さな花の精霊たちは、段々と数を増しながらチェリエの周りに寄り添ったかと思うと、か弱いながらも言葉を紡いでチェリエの脳裏に伝えてくる。
『おいしいおみずをたくさんくれてありがとう』
『いつもきれいにかざってくれてありがとう』
『くろいもやもやからまもってくれてありがとう』
どこかつたない言葉で、それでも懸命に感謝の言葉を伝えてこようとする精霊たちは、チェリエの周りを可愛らしくふよふよと漂ったかと思うと、今度は一斉にサリュートの方に向かって動いていく。
サリュートの前に飛び出て、靄にかき消されるもの。
サリュートの体にこびりついた靄を剥がそうとぽんぽんとアタックするもの。
たくさんの精霊たちが、チェリエの想いに応えて、サリュートを守ろうと靄に立ち向かっていく。
(……ああ、そうだ。そうだったわ……)
原作ゲームの終盤。
ヒロインが窮地を切り抜けることができたのも、他でもないこの小さな名も無き妖精たちの力があったからだ。
一つ一つのゲームのイベントに真摯に向き合い、草花を慈しみ大切にする気持ちを忘れなかったヒロインに感謝を覚えた妖精たちが、身を挺して守ってくれたから。
(……みんな……)
――ゲームをプレイしていた時は、この光景を見てもなんとも思わなかった。
でも今こうして、自分のために彼らが小さな命を散らしながら守ろうとしてくれる光景に、何も感じないことなどできなかった。
ぶわりと込み上げてきた想いを大切に胸に抱きながら、チェリエは手の中の新芽に再び集中を戻す。
これまでの世界樹は、人々の苦しみや負の感情を肩代わりする存在だった。
だから破綻した。
どうしてそんな仕組みになったのかはチェリエにはわからないが、それがただしくなかったからこんな結末が訪れていることはわかる。
――誰かに寄りかかろうとするのではなく、自分のことは自分で責任を持つ。
新しい世界樹は、そんな自立しようと頑張る人たちに、元気を与えられる存在でいてほしい。
そう、チェリエは願いを込める。
やがて、チェリエの手の中にあった新芽は苗となり、もともと世界樹のあった場所に新しく根をはり、見る見るうちに元の世界樹と遜色ない――、いや、神聖さでいうとそれ以上の若木へと育っていく。
若木から放たれた黄金の光は、黒い靄を浄化し消し去り、周囲を覆っていた古い世界樹の外郭も消えていく。
消えた古い世界樹が、黄金の葉となり、国中に降り注いでいく。
その光景はまるで夢の中にいるようで、中心で見上げていたチェリエは、自分の行動がトゥルーエンドにたどり着いたのだとほっと息をついた。




