第90話 あれが世界樹の本体です
チェリエとサリュートが寄り添いながら奥に向かうと、程なくしてひらけた空間に出た。
チェリエとしては途中、もっと障害のようなものがあったりするかと思ったが、よくよく考えてみるとこれは花継ぎの少女を生贄にするための儀式なのだ。
生贄を途中で離脱させるような罠など仕掛けられているはずもない。
巨大な木のうろの中にあるこの空間は、どこから光が差しているのかわからないが、外と変わらないくらいに明るい。
そして、空間のほとんどが大きな水溜まりで埋められている中、その中心に静かに大きな樹木が一本佇んでいた。
「……あの樹は……?」
「……あれが、世界樹の本体です」
実際のところ、この世界のほとんどの人間は外にある大木を世界樹本体だと思っているが、本当の世界樹はここにあるこの本体を指す。
チェリエがそれを知っているのは、前世の原作ゲームで描かれていたからだ。
世界樹を見つめながら、チェリエがごくりと息を呑むと、隣にいたサリュートがぎゅっと手を握ってくる。
チェリエが驚き、サリュートを見上げると、彼は安心させるように優しく微笑みながら自分を見つめていた。
(……そうだわ。大丈夫。わたくしは、一人じゃないもの)
原作ゲーム【花継ぎの乙女】の隠しキャラであるサリュートは、隠しキャラだけあってその能力やパラメーターも他の攻略対象者より群を抜いて高い。
ある意味、この局面で他の攻略対象者よりも能力値が高いサリュートがいてくれるということは、何よりチェリエを勇気づける一因になった。
そんなサリュートが、チェリエに「行こう」と優しく促してくるのをこくりと頷き返して、二人は世界樹に向けて一歩足を進めた。
ちょうど、空間のこちら側と世界樹を繋ぐために作られたような道を、チェリエとサリュートは一歩ずつ進んでいく。
道の半ばまでくると、だんだんと世界樹にまとわりつく黒い靄のようなものが見えるようになってきた。
「あれは……」
どうやらその靄は、チェリエだけではなくサリュートにも見えたらしい。
やがて、どこからか少女たちの声のようなものが辺りに響き渡るようになってきた。
その声はサリュートにも届いていたのだろう。
繋いでいた手をぎゅっと強く握り直されると、より一層チェリエを守るように身を寄せてくる。
(……これは、これまで世界樹の人柱にされてきた少女たちのものなのかしら……)
その中に、明確に声と呼ばれるものは聞きとることはできなかった。
聞こえてくるのはただ、狂ったようにくすくすと笑う声と、悲しげに啜り泣く悲痛なものばかりだ。
人柱にされた少女たちの魂は、輪廻に入ることを許されず、この場所で世界樹を慰めるために囚われ続ける。
それが、原作ゲームで綴られていた少女たちの末路だ。
(やっぱり、こんな因習は終わらせなければ)
たとえこの場で自分だけが人柱から逃れられたとしても、また少女が延々と人柱にされる未来が続くと思うと、チェリエとしては放っておくことはできなかった。
そうこう考えているうちに、チェリエとサリュートの二人は空間の入口と世界樹が植えられた島のような場所を繋ぐ道を歩き終える。
「…………チェリエが言っていた『世界樹を伐採する』というのは、この樹を切るってことでいいの?」
「はい」
サリュートの問いかけに、チェリエはこくりと頷く。
「その時が来たら合図を送ります。そうしたら、サリュート様の力で伐採していただいた世界樹を、わたくしが枝から新たな苗木を育て、新しく生まれ変わらせます」
それが、原作ゲームのトゥルーエンドでヒロインが行っていた方法だった。
今ここにある世界樹は、この世界の民の不安や苦しみを吸って瘴気として吐き出す、というシステムで循環しているが、それゆえに花継ぎの乙女の人柱がないと世界樹自体に凝る瘴気を浄化できない。
――新しい世界樹は、民の不安や苦しみを吸わない世界樹にする。
本来、自らが追うべき不安や苦しみは、自らの力で乗り越え解消していかなければいけないのだ。
それが、生きて成長する、ということなのだから。
サリュートはチェリエの”サリュートの力で世界樹を伐採する”という言葉を聞くと、チェリエに「わかった」と微笑んでから、地面に跪いて花創天剣を生み出す。
地中に差した桃の枝から生み出された剣は、眩く神々しい光を放っている。
サリュートが剣を生み出している間に、チェリエは大樹を見上げて目を凝らす。
なるべく――、瘴気に染まっていない新芽を探して。
ゲームをプレイしている時は、そんなものを目視で見つけることができるのかなどとツッコミを入れながらプレイしていたが、実際に自分がこの場に立つとわかる。
チェリエが必死で目を凝らすと、生い茂った葉の先の方に、きらりと光る場所が見えた。
(あれだわ、きっと)
そう直感してチェリエが手のひらを上に向けて開くと、ひらりと新芽の枝葉がその上に舞い落ちてきた。
まるで、苦しみから逃れたいと、よれよれと助けを求める赤子のように。
それを見たチェリエは、世界樹自身もこの悪き風習から逃れたがっているのではと思い、痛ましい気持ちになった。
手のひらの新芽に力を注ぐと、脈動するような手応えを感じる。
リリーの体を一度経由したことで、チェリエの体に戻っても花継ぎの乙女としての力を使えるようになったのだ。
それとも――、石板の名前の書き換えのせいかもしれないが。
それでも、お膳立ては揃ったのだとチェリエは確信した。
「サリュート様、お願いします」
チェリエがそう告げると、サリュートは小さく頷き、チェリエに背を向けて世界樹に向き直る。
その背に、チェリエはなにか既視感のようなものを感じたが、結局その正体はわからなかった。
側から見ていると、世界樹よりも小さな刀身で本当に斬れるのだろうかと思うくらいだったが、サリュートが両手で握りなおすと、それまで片手剣だった花創天剣は力強い両手剣に姿を変える。
そうして――、目視できるほどの力のオーラを纏わせかと思うと、サリュートが大ぶりに世界樹に向けて剣を振った。
それだけで、刀身から伸びた光が、まるでレーザーのように世界樹を一閃する。
ズズズっ……、と。
幹の根元の方で斜めに一刀両断された世界樹が、音を立ててずれながら倒れていく。
それを見たチェリエは、手のひらの中の新芽に全力を注ぎながらサリュートに叫んだ。
「サリュート様、わたくしの後ろに下がってください……!」




