第89話 僕が君の『花籠に騎士』になるのはどうかな
「……僕が、君の『花籠の騎士』になる、っていうのは、どうかなって」
真っ直ぐにこちらを見つめてくるサリュートの瞳の中には、わずかに揺れるものがあった。
それは――、チェリエから拒否されたらという恐れと、そのことによってまた彼女が、一人で何もかもを背負おうとしまうのではないかという不安だ。
他者に対する思いやりの強い彼女は、サリュートにその責務を共に負わせるのを拒むのでは無いか――。
そう思っていたサリュートは、どうかチェリエが自分の提案を受け入れてくれるようにと願いを込めながら彼女を見つめた。
一方、サリュートから『花籠の騎士』になると提案されたチェリエの方は、まさかそんな話が出るとは思わず、驚きに目を瞬かせていた。
(……サリュート様が、わたくしの花籠の騎士に?)
たしかにそれは――、かつてレイスたちの前で世界樹の在り方を変える話をした時に、そうなったらいいなと願っていたことだ。
だけどまさか、現実にそれを提案されると思っていなかったチェリエは、いざ申し出を受けるとサリュートが想像した通りに怯んだ。
(……確かに、サリュート様が花籠の騎士になってくださったら心強いけれど。でもそれは、サリュート様を危険な目に合わせることにもなる)
チェリエがそう思いながら答えに窮していると、サリュートは「……ダメかな?」と遠慮がちにチェリエに尋ねてくる。
「……ダメ、というわけではありませんが……」
「ダメじゃないけど、何?」
「……サリュート様を、危険な目に合わせることになるかもしれませんから……」
だから、自分から「いい」とも言いにくいと言いたげにチェリエが答えると、その反応を予想していたサリュートは自分の想像が正しかったことも相まってふはっと笑いを漏らした。
「いまさら何言ってるの。ここまで来た時点で、どう考えたって覚悟なんて決まってるのに」
そもそもの時点で、危険な目に遭うのが嫌なんだったら水に沈んだチェリエを救うために一目散に飛び込んだりなんかしない。
「それに――」
サリュートは、表情に微笑の余韻を残したまま、すっと手を伸ばしてチェリエの頬に優しく手を添えた。
「前に言わなかった? 君が――この世界からいなくなるなら。僕だってここに残る意味なんてないんだって」
サリュートにそう言われて。
すぐ目の前にあるサリュートの青く光る瞳に吸い込まれそうになる。
――どうしてこの人は。自分にこんなに無条件で何もかもを明け渡し、尽くそうとしてくれるのだろう――?
晴れた日に湖面が太陽の光をキラキラと反射させるように、美しく煌めくサリュートの瞳に魅せられ、ぼんやりとそんなことを考える。
するとサリュートは、チェリエの頬に添えていた手のひらをくすぐるように奥に滑らせると、そのままチェリエの頬に優しく口付けた。
束の間、チェリエとサリュートは言葉もなくお互いを見つめ合うと、サリュートは今度はチェリエの左手の甲に口付ける。
「……サリュート・トリギアは。花継ぎの乙女チェリエ・マーキュリーの花籠の騎士となり、騎士として尽くすことを誓います」
「…………! サリュート様……!」
はっきりとしたチェリエの了承もなく、一方的に誓いの言葉を告げたサリュートに、チェリエは慌てたような声を上げる。
しかし、そんなチェリエにサリュートは動じる様子もなく、苦笑しながらチェリエに向けて言葉を重ねた。
「帰ろう。ここから。やるべきことを果たして、約束していた通りトリギアに行こうよ」
――約束していた通り、トリギアに行く。
そうだ。
もともと、サリュートと交わしていた約束は、彼の専属花師としてトリギアに行くというものだった。
あの約束を交わした日から、色々とトラブルがありすぎて遠い過去のような気持ちになっていたけれど、チェリエはまだ、彼との約束を話していないのだ。
なんだか、急に泣きたいような気持ちになりながらチェリエはサリュートに答えた。
「……そうですね。帰りましょう、サリュート様」
そして、帰って今度こそ、トリギアに行く準備をしよう。
憂いを含んだ笑みを浮かべたチェリエは、それからサリュートに手を引かれて立ち上がると、あたりをぐるりと見回し、目的地だと思われる世界樹の最奥に視線を向ける。
――世界樹を伐採し、新しい世界樹を芽吹かせ、ここから出る。
我知らず手のひらに力を込めると、その手を繋いでいた相手も応えるようにぎゅっと握り返してくれる。
――この人と一緒に、無事に帰りたい。
そう思いながら、二人は最深部に向かって歩き始めた。




