第86話 あのゴミが、屋敷から消えたらしい
「……なんだって?」
場所は孤児院。
レイスとギークを帰した後、再びいつもの3人で孤児院の業務を行い、夕食の片付けを始めたところでサリュートがそう言って顔色を変えた。
サリュートの左手にはアイリスの花。
アイリスの花には”メッセージ”という花言葉があり、この花を使って花魔法を使うと、遠く離れた相手と伝言の送受信をすることもできる。
手にしている花がほんのりと光を帯びているところを見ると、サリュートはアイリスの花で何かの伝言を受け取ったのだろう。
「……どうしたのですか?」
洗い物を終えたチェリエが手を拭きながらサリュートに尋ねると、表情を強張らせたサリュートが「……あのゴミが、屋敷から消えたらしい」と呟いた。
「消えた?」
「匿っていた部屋からいなくなってると、家の人間から連絡があって……」
あのゴミ――つまりリリーが消えたということは、チェリエの体が失踪したということだ。
サリュートにとって、リリー自体がどうなろうと興味もなかったが、チェリエの体を勝手に持っていかれるのだけは許し難い。
「……逃げられないようにしていたのではなかったのですか」
ティエルの質問にサリュートは、
「もちろんそうしてたよ。……でも縛り付けたりとかして体を傷つけるのも嫌だったから。朝晩と花魔法で眠らせていた」
今日も出がけに術をかけてきたから、あと数時間は問題なく効いているはずだったのだけど――。
そう言って。
口元に手を当てながら考え込む様子を見せていたサリュートは、「……申し訳ないけど」と片手を上げながら断りを入れると。
「一旦集中させてもらっていいかな。追跡魔法を使う」
「……追跡魔法?」
「もしものことに備えて、追跡できるように目印をつけておいたんだ」
真剣そのものな様子でそう告げ、すぐさま目を閉じ意識を集中させ始めたサリュートに、チェリエは、
(…………目印? …………わたくしの体に?)
となんとも言えない思いを抱き。
また一方のティエルはと言うと。
(……前々から思っていたが、この方のマーキュリー嬢に対する執着はちょっと尋常じゃなさすぎじゃないか?)
呆れと畏怖にも似たような思いを抱きながら、彼が追跡魔法を駆使するのを黙って見ていた。
それにしても――、と、追跡魔法を使っているサリュートを見ながら、チェリエは思う。
様々な種類の花魔法を使えることもさることながら、眠りの魔法、見た目を変化させる魔法、追跡魔法と、難易度が高く花力を多く消費する術をなんなく使うサリュートを見ると、目の前のこの人物の能力の高さを改めて思い知らされる。
そう思いながらチェリエは、彼が追跡魔法を使い終わった後のために花茶を淹れてあげようと用意を始める。
さすがのサリュートでも、こう立て続けに魔法を駆使しては負担も大きいだろう。
そう思いながら、誰に言われるでもなく黙々と準備を始めたチェリエを見て、ティエルはなぜか、このサリュートとチェリエと言う二人に、自分には入り込む余地のない長い繋がりのようなものがあるように感じた。
「………………見つけた」
まもなくして。
サリュートが小さなつぶやきと共に閉じていた目を開く。
「見つかったのですか?」
「うん。すぐに捕まえに行く。気配が薄れてわからなくなる前に、身柄を確保したい」
そう言いながら、チェリエに差し出された花茶をくいっと飲み干したサリュートは、チェリエに「ありがとう」と微笑んで一言礼を告げてから、その場を後にしようとする。
そこに――。
「わたくしも、一緒に行きます」
と。
チェリエがサリュートに同行を申し出た。
「サリュート様一人にお任せしすぎるのはあまりにも申し訳ありません。だったら、わたくしも一緒に行きます」
「……でも、危ないかもしれないよ? 一体どういう状況になっているかもわからないし」
「だったらなおさら、そんなところにサリュート様おひとりで行かせたくはありません」
「……………………」
決意に満ちたチェリエの眼差しを受け、サリュートの気持ちは揺れる。
彼としては、チェリエを少しでも危険な目に合わせたくない。
これから行く場所がどんな場所かわからない以上、むやみに連れて行きたくはないというのが彼の本音だ。
しかし同時に、これまでも、少し目を離したタイミングで危険な目に遭い続けてきたのも他でもない彼女だ。
(……だったらいっそ、そばから離さずにおいた方がいい、か……)
サリュートはもう、自分の目の届かないところでチェリエに何かあるというのはごめんだった。
そう思っていたサリュートに、ティエルも継いでくる。
「私も、できれば一緒に連れて行って欲しいです。……彼女の……、リリーの花籠の騎士として。今度こそすべきことを全うしたい」
チェリエとティエル、二人の眼差しを受けたサリュートは、チェリエの話を効いた段階では半ば気持ちも決まっていたが、それでも念押ししておくべきことはせねばと思いながらチェリエを真っ直ぐに見つめた。
「……絶対に、僕のそばから離れないって約束できる?」
「もちろんです。サリュート様に迷惑はかけないようにします」
「……そういう意味で言ったんじゃないんだけど」
迷惑をかけられたくないから離れないでと言ったのではなく、ただ心配だからという理由だったのだけれど。
そんなところもチェリエらしいと思いながらサリュートは苦笑する。
「時間も惜しいし、とりあえず移動しよう」
あれこれ言っている間に距離が空いてしまうかもしれない。
そう危ぶんだサリュートは、それ以上無駄口を叩くことなく移動を始めた。
チェリエとティエルを馬車に乗せ、自らは御者と共に御者台に座り、追跡しているリリーの反応がある場所に向かって進んでいく。
そして――。
(……ここは……)
たどり着いた場所を、馬車の中から眺めながらチェリエは小さく息を呑む。
――花継ぎの正殿。
グローシス学園の敷地内に入り、そのままぐんぐんと進んでいった馬車が最終的にたどり着いた場所。
それは他でもない。
花継ぎ協会の本拠地でもある、花継ぎの正殿であった――。




