第83話 僕は嫌だ
「……サリュート様?」
突然、『僕は嫌だ』と独りごちた彼をどうしたのかと思ったチェリエは、すぐ隣に座る彼を案じるように覗き込む。
「その話からするとつまり、君が人柱にされる危険があるってことだよね」
「それは……」
まったくない、とは言い切れないチェリエはぐっと押し黙る。
すると、その反応を肯定と見たサリュートは、表情をこわばらせながらチェリエに詰め寄る。
「なんで君があいつの代わりに人柱にされなきゃいけないんだ」
「別に、必ず人柱にされるというわけではありませんし……」
「でも、必ずされないわけでもない」
――完全に、押し問答である。
チェリエからすると、その人柱というしくみをなくすための相談をしているのだが、サリュートからすると、そんなものに自分の大事な人が関わること自体が許せないのだ。
「……ですがサリュート様。このままでは、わたくしかリリーさん、あるいはどちらも、人柱にされる未来しかないんです。リリーさんに先に儀式をさせてしまえば、わたくしの体が人柱として捧げられてしまうかもしれままん。だから、わたくしが先に儀式を成功させるしかないんです」
「………………」
サリュートはチェリエの言った『リリーに先に儀式をさせた先の未来の予想図』に思い当たる節しかなかった。
そこまで深く考えていなかったが、言われてみると確かにそうだ。
チェリエが後に儀式をするということは、先にリリーが儀式を行うということとなる。
その時、花継ぎの乙女としての実力が足りないリリーが挑んだ結果どうなるか――。
「……だったら、儀式までにあの女と君を元通りに入れ替えられれば……」
「だとしても。リリーさんが元の姿に戻って儀式に失敗したら、今度はわたくしの順番が来るだけです。結果、儀式をしなければいけないという事実は変わらないんです」
「…………完全に手詰まりじゃないか」
焦燥するように、サリュートは片手で顔を覆って大きくため息を吐く。
そんなサリュートを傷ましい気持ちで見つめながら、チェリエはまた言葉を紡いだ。
「だからこそ、ここにいる皆様の協力を仰いでいるんです。誰も……、この先も誰も、人柱にされない未来を選ぶために」
そう言うとチェリエは、サリュートに体を向けたまま顔だけを動かし、ひたりとレイスへ視線を合わせる。
チェリエからの視線を受けたレイスは、どこか少し気まずそうに、いたたまれない様子で視線を彷徨わせたが、「レイス様」とチェリエが名前を呼ぶと、意を結したように真っ直ぐに視線をチェリエに合わせた。
「過去の花継ぎの乙女たちの件ですが、念のためにレイス様の方でも裏をとっていただけますでしょうか。わたくしが独自で調べたものよりも、レイス様に調べていただいたものの方が、他の貴族の方々への説得力も増すかと思いますので」
「……ああ」
これは、原作のレイスルートでもあった話だ。
花継ぎ協会の黒歴史にデルトムント王家を介入させることで、これまでの教会の行いを正当に是正できる。
これからチェリエが行う、世界樹の伐採と再生を、デルトムント王家に後ろ盾してもらうための布石でもある。
チェリエの頼みを、レイスが承諾してくれたことで、チェリエはほっと胸を撫で下ろした。
そこで、チェリエとサリュートをじっと見比べていたレイスが、どこか控えめな様子で質問を投げかけてきた。
「……ところで。先ほどリリーとチェリエの体を元に戻すという話があったが。それは可能なの……、なんですか」
レイスがそう言って咄嗟に語尾を敬語に切り替えたのは、サリュートの国が自分の国よりも格上の国で、すなわち彼が自分よりも格上に当たる存在であると言うことを思い出したからだ。
しかし、そんなレイスに対してサリュートは、
「……別に無理して敬語を使う必要はないよ。同い年なんだし」
と、敬語を使われるのが面倒になったのかそう言ってレイスに前置きをする。
「それと、二人の体が元に戻る方法についてだけど。それについては、あるにはあるけど、相当やっかいだから頭を悩ませてるんだ」
「やっかい?」
「……あの、そのことについてなのですが」
「なんだ? ティエル?」
サリュートの言葉に、眉根を寄せたのはレイス。
そして、片手を上げながら意見があるように口を挟んできたのはティエルだった。
「先ほどのお話を聞いていてふと思いついたのですが。リリーに『元に戻りたい』と思わせる方法なら、無くはないと思うのです」
「……なんだって?」
ティエルの言葉に、サリュートが思わずといった様子で身を浮かせる。
「元に戻りたい……?」
「はい。リリーがそう願うことが、マーキュリー嬢が元に戻る唯一の方法なのです」
レイスの質問にティエルが丁寧に答える。
サリュートはそんな二人のやりとりを見ながら、そんなことよりも早く案を聞かせてほしいと気を急かせる。
「それで、その方法というのは、どういうものなんだ?」
「単純なことです。彼女が望むことを、そのまま我々がマーキュリー嬢にすればいいのです」
ティエルが説明するにはつまり、こういうことだった。
そもそもリリーが求めていたのは、花籠の騎士たちやサリュートたちからちやほやされ、周りの人々からもてはやされることだ。
それがうまくいかなくなったこともあってチェリエの体に逃げたが、だったら今度は、彼女が望む状況を再び作ってやればいいのではないか――。
「つまり、今度は私たちがリリーの姿をしたマーキュリー嬢をもてはやせば、再び立場が逆転してしまったリリーはいても立ってもいられなくなるはずです」
まして、チェリエがリリーの姿で花継ぎの乙女の最終儀式を終えた後であれば。
うまくことが運べば、花継ぎの少女は、それまでの悪しき風習を覆した英雄になる。
「………………なるほど」
自分のすぐ隣で納得したように頷くサリュートを見ながら、チェリエもティエルの言った案を具体的に想像してみた。
最終儀式を終え、レイスもギークもティエルも、なんならサリュートも、チェリエに対して好意的に接している様子を見て、歯噛みするリリーの姿を――。
(…………どうしましょう。リリーさんには申し訳ないけど、なんだかものすごく想像できるわ)
ティエルの言う通り、間違いなくその状況になればリリーはいても立ってもいられなくなるだろう。
確かにこれは、いい案なのかもしれない――?
チェリエもそう思った時だった。
「……ちょっと待って。その場合、誰があの起きたゴミの手綱を握るの?」




