第81話 我々は間も無く、花継ぎの乙女の最終儀式で、彼女のサポートをすることになります
さて。
時間は、あのジャガイモを散乱させた時から数分後。
場所は変わって、チェリエたちは今、孤児院内にある応接室に移動していた。
もちろん、レイスとギークも一緒に、である。
◇◆◇
「……はあ? 今、なんて言ったんだ?」
「ですから、彼女はリリーの策略に嵌まって、体を入れ替えられたのです。見た目はリリーですけど、彼女の中にいるのはマーキュリー嬢なんです」
信じられない事実を聞かされて声を荒げるギークに、ティエルが懇切丁寧に説明する。
レイスは今、応接室のソファに腰掛けており、その後ろに控えるようにギークとティエルが立っている。
そして、その向かい側にはリリーの姿をしたチェリエと、隣には居て当然とでも言いたげな顔をしたサリュートがぴったりとくっつくようにして隣に座っている。
サリュートは、個室に移動したことで変装も解いておりいつもの秀麗な姿を惜しげもなく晒している。
レイスとギークが孤児院を訪れたのは、ティエルが彼らに『話したいことがあるから孤児院まで来てほしい』と告げた二日後のことだった。
チェリエとサリュートとティエルの3人で、花籠の騎士である彼らには情報共有をしておくべきだと決めて、チェリエとリリーの体が入れ替えられていることを伝えたのである。
「……ぜんっ……ぜん意味がわからねーんだけど……」
呆然とつぶやくギークだったが、それも無理からぬことだ。
いまだかつて、こんな荒唐無稽なことをした花継ぎの乙女などいなかったのだから。
責務を逃げ出し、侯爵令嬢を襲ったかと思えば、実は体を入れ替えてました――?
「…………本当に」
呆気に取られているギークのすぐ下から、絞り出すようにレイスが声を出す。
「本当に……、中にいるのは、チェリエなのか……?」
その言葉は、まっすぐにチェリエの目を見つめながら言われたものだったので、チェリエは「はい」と答えることこそできなかったが、こくりと頷いて見せた。
「…………………………。まさか、こんなことが……………………」
ソファに腰掛けたまま、がっくりと項垂れるように片手で顔を覆うレイスに、現状で一番共感しているのはティエルだった。
ギークはまだ、リリーから聞かされていたチェリエの悪評の印象の方が記憶に新しいため、彼女に対する同情心やら何やらをあまり抱けないでいるが、レイスにとってチェリエは、長年婚約していた相手だ。
これまではリリーの言うことを一身に信じてチェリエを迫害してきたが、それがまさか全て、リリーに唆された嘘だったとしたら――。
そうしてティエルはすでに、リリーのこれまでのほとんどが虚言だったこと、そしてチェリエの人となりをすでに知ってしまった。故に、今レイスが受けている衝撃と後悔を誰よりも理解できるのだった。
「……それで、リリーは今どうしてるんだ」
「あのアバズレは、こっちで預かって監視してる」
レイスの問いかけに、サリュートがほぼ間髪入れずに答える。
サリュートの隣で、とうとう『ゴミ』から『アバズレ』という代名詞が増えたことにチェリエは静かに驚いていたが、それに口を挟むような性格でもなかったので黙って心の中で震えていた。
「チェリエの姿になってから、僕に正体を見破られた途端に『他に手駒になりそうな男を探す』なんてことを言い出したからね。そのまま放逐はできないだろ」
「……………………」
サリュートの説明に、レイスはさらに眉間の皺を深めた。
アバズレという代名詞を付けられたことも遺憾だったが、それ以上にサリュートの発した『他に手駒になりそうな男』という言葉が胸に刺さった。
……彼女にとって、自分は手駒でしかなかったのだろうか。
そう思うと、自分がこれまで彼女と過ごしてきたこの二年間が、途端に無意なものに思えた。
そんな中、レイスに対してさらに言葉を連ねたのは、同じ花籠の騎士であるティエルだった。
「……私と、サリュート殿下とマーキュリー嬢の3人で話し合いを行い、レイス様とギークにこの事実を伝えるとこととなったのは、『花籠の騎士である我々が事実を知らないままなのはあんまりだ』とお2人が慮ってくださったからです」
ティエルの言葉に、俯いていたレイスが顔を上げる。
「私はこの目で、マーキュリー嬢が精霊たちと交流をしている姿を見ました。また、彼女が奉花を正しく奉納する場面も見ました。……リリーに、無理やり体を入れ替わらせられたにも関わらず、花継ぎの乙女としての責務を果たすと私に断言してくださったことも」
――あの時。
ティエルはただ、自分が知らない間にリリーが様々な出来事を経験した結果、改心して『花継ぎの乙女としての使命をまっとうする』と言ったのだと思っていた。
だけど、それは蓋を開けてみると実は、ただ中の人格が変わっていただけだったのだ。
言えるだろうか、普通――? と思う。
不当に体を入れ替えさせられて、面倒ごとや投げ出したこと全てを押し付けられた上で、それでも『自分が責任を持って問題を解決する』などと。
リリーを恨むことなく、体を取り戻すことに闘志を燃やすでもなく。
まずは民のために『花継ぎの乙女としての使命をまっとうする』という言葉を。
この少女は難なく、言ってのけたのだ。
自分は本来は、花継ぎの乙女でもなんでもなかったのに。
だから――、だからきっと。
石板も、そんな彼女を認めて、名前を書き換えたのだと。
ティエルは盲信的に思っていた。
だって、リリーよりも断然、彼女の方が花継ぎの乙女としてふさわしいではないか。
「レイス様もギークも既に聞き及んでいることとは思いますが、石板に刻まれた名前は、もはやリリーではなくマーキュリー嬢に書き換えられています。そのことでさえ、マーキュリー嬢にとっては単なるとばっちりでしかないのに、……マーキュリー嬢はそれでも、ご自身がリリーよりも先に、最終儀式を行うと宣言してくれました」
チェリエの選択はいつも、どんなに不当な立場に置かれても、自分が正しくある選択を間違いなく選んできた。
それは、自分だけが救われる選択ではなく、多くの人が救われる道だ。
貴族として。
|持つべき者が果たす義務を。
体を入れ替えられ、何も持たなくなった彼女が、その矜持を失わず持ち続けたのだ。
そのことに敬意を抱かずに、どうして貴族でいられようと、ティエルは思う。
「……我々は間も無く、花継ぎの乙女の最終儀式で、彼女のサポートをすることになります。その時に。私は、あなたたち2人が、そんな彼女の想いを知らないまま同じ場に立つのは良くないと思ったのです。だから今日、私はあなた方と、この情報を共有することを望みました」




