第78話 もう一つ、安心材料が得られるとしたら
「……チェリエ……」
『自分の望みはあくまでもサリュートとトリギアに行って自立することです』とはっきりと告げたチェリエに、サリュートは込み上がってきた気持ちを押し隠した。
あの時から、事態はだいぶややこしいことになってしまっていたが、それでも自分と一緒に来たいと思ってくれている彼女の気持ち。
だけどそれは、彼の完全に望んでいる形ではなく。
彼の想いはいまだに一方通行であるという切なさ。
(……結局、どこまでいってもこの人は、本当に強い)
もっと頼ってくれてもいいのに、とずっと思ってきた。
助けてほしいと言ってくれさえしたら、自分の全てを投げ打ってでも彼女の全てを救うのに。
自分の人生は、雪が降りかかるならこの人のために傘を差し、彼女が涙に濡れる時は、その滴を拭うためにありたいとずっと思いつづけてきた。
――彼女を一人にしない。
ただそれだけのために。
サリュートは一人、ここまでやってきたのだ。
「…………わかった」
しばらくの沈黙ののち。
そう言って静かに、サリュートはチェリエの意志を尊重した。
「……ちゃんと、勝算があっての策、ってことだよね?」
「もちろんです」
サリュートが問いかけると、チェリエは彼を不安にさせないよう、自信に満ち
た顔を作って答える。
実際、チェリエには自信がないわけではなかった。
精霊から好かれている今の状況。
これまでの勉強の中で培ってきた知識。
そして、リリーのフォローをすることで得てきた実績。
(……あと。もう一つ。安心材料が得られるとしたら)
――サリュートに、花籠の騎士になってもらうこと。
もともと、原作ゲームの隠しキャラであるサリュートは、花籠の騎士になる資格を有している。
その彼が。
他の誰よりも、チェリエのことを思ってくれる彼が味方になってくれたら。
そうは思うけれど、チェリエはそれを、自らの口から願い出ることはできなかった。
(だってそれは――、あまりにも都合が良すぎるもの……)
これまで、献身的に自分のことを助けてくれて、それなのに彼の気持ちに応えようとしない自分が、彼にこれ以上何を頼めるというのだろう?
今、こうしてただ、そばにいてくれるだけで救われているというのに。
そうして、ほんのわずかな間だけれど、チェリエとサリュートの間で2人の時間を作っていたその横で、ティエルが「ゔ、ゔん……」と気まずそうに咳払いをした。
「……とりあえず、勝算があるということでしたら、ひとまず安心ですね」
いちゃつくのなら自分のいないところでやってくれ、と思う気持ちがなくはなかったが、自分がお目付役である以上、チェリエのそばを離れるわけにはいかない。
なのでこれも、ある程度は我慢しなければならないか、と思いながら口を挟んだティエルだったが。
「……可能であれば。私としては、これらの情報はレイス様とギークにも共有はしたいところですが」
「ああ」
確かに。
チェリエがリリーの姿で儀式を行うのであれば、リリーの花籠の騎士であるレイスとギークにとっても他人事ではなくなる。
彼らはまだ――、リリーの中身がチェリエであることを知らないのだ。
ティエルとしては、同じ志を持ってこれまで共に歩んできた彼らに、真実を告げないままでいるということにどこか後ろ暗い気持ちがあった。
「……でも、彼らに告げるのであれば、いっそ祭祀長にも真相を告げてしまった方が早いんじゃないの?」
祭祀長に、チェリエがリリーから無理やり体を入れ替えさせられてしまっており、今リリーの体の中にいるのがチェリエなのだという事実を話せば、祭祀長もチェリエの体をもとに戻す協力をしてくれるのではないか――?
そう思ってサリュートはチェリエにそう告げたのだったが。
「わたくしもそれは考えてみたのですが……。でも、祭祀長様はきっと、誰が本物の花継ぎの乙女なのかというより、儀式が滞りなく行われる方に重きを置かれると思ったので……」
単純に言うタイミングがなかったというのも理由の一つではあるのだが、ただそれ以上に、チェリエの中では『人柱の事実を黙ったまま少女を犠牲にしようとしている』ということや、自分が捕まった際に、逃げたら爆発するような非人道的なアイテムを首に装着させたことが、彼に対する信頼を大きく損なわせている。
(でも……、確かに祭祀長様には、告げるだけ告げておいた方がいいのかしら……)
彼に告げた場合のメリットとデメリットを考える。
まず、メリットは、チェリエが体を取り戻す協力をしてもらえるかもしれないということ。そして首につけられた爆弾を外してもらえるかもしれないということ。
またその上で、リリーに対して今後こういった不穏な行動を取らないよう厳重監視をしてもらえるということ。
デメリットは、信じてもらえなかった場合、またリリーが何か策略を巡らせていると思われかねないことだ。
(……サリュート様とティエルが証言をしてくれたら、信じてもらえないことはないような気もするけれど……)
しかしチェリエの中で、今ひとつ祭祀長に真実を明かすという未来が見えなかった。
見えない――というより、なんとなく直感的に、言わずにおいた方がいい気がしてならないのだ。




