第77話 他に元に戻る方法ってないんだよね?
「…………サリュート様?」
チェリエの不安げな声に、サリュートは自分がその瞬間彼女を怖がらせてしまったことに気づき、ふっと表情を戻した。
「…………ごめん」
チェリエに謝るその声色と表情は、いつもの彼の優しげなものだ。
「実は、今まで黙っていたけど、彼女は眠らせたままにしているんだ。あいつを起こしておくと……碌なことをしないと思ったから」
そう言って苦々しく笑うサリュートに、向かい側で見ていたティエルもなんとも言えない気持ちになった。
今ではティエルにも、リリーとチェリエ、どちらに非があるかなど考えるまでもなくわかる。
通常の思考の持ち主であれば、他人の体を乗っ取ってまで幸せを得ようなどとは思わない。
その一線を超えてしまった時点で、彼の中で守るべき対象だった彼女は、兇行を止めるべき相手へと変わってしまったのだ。
「……一応聞くけど、あいつが自分で『元に戻りたい』と願う以外に、戻る方法っていうのはないんだよね?」
「……正直なところ、なんとも言えません。わたくしが聞くことができたのは、それだけでしたので……」
申し訳なさそうに答えるチェリエに、サリュートは「……どうしたら、あいつに、『もとに戻りたい』って言わせられるんだろう……」とため息を吐く。
性格の悪いリリーのことだ。
こちらがそれを言わせようとしていることがわかれば、何がなんでも言わないだろう。
むしろ、それを言わないことで、こちらが困っているのを楽しんで見ているであろう姿が容易に想像できる。
その様子を思い描いてしまい、自らの想像でサリュートが思わず苛立ちを覚えていると、隣にいたチェリエがなんだか迷っているようなそぶりを見せた後、躊躇うように目を逸らしながら控えめに口を開いた。
「……本当は、もともとはわたくしは、自分の体に戻ることよりも先に、リリーさんの姿のままで花継ぎの乙女の最終儀式を終わらせようとしていたんです」
チェリエがそう告げると、サリュートとティエルの視線が再び自分に集まるのを感じる。
「リリーさんに入れ替わりをさせられた時。真実を伝えることを封じられたと気づいたわたくしは、他の方に気づいてもらえるにはもっと時間がかかると思っていたのです。……まさかサリュート様がこんなに早く気づかれるとは思っていなくて……」
「………………」
チェリエの言葉に、サリュートもティエルも沈黙する。
サリュートとしては、そもそも入れ替わりを許したことが失態だし、ティエルにとっては入れ替わりに気づかなかったことも含めて恥ずべきことだからだ。
「最終儀式さえ無事に終われば、その後は焦ることなくもとに戻る方法を考えられる。だからわたくしは、先にそちらを済ませてしまおうと思ったのです」
「……だけど今は、僕らも入れ替わりに気づいたし、元に戻る方法だって見つかった。だったら別に、チェリエがあの女の仕事を肩代わってやる必要なんてないんじゃないの?」
「そうかもしれません。ですが……」
サリュートは知らないのだ。
花継ぎの乙女の末路が、世界樹の人柱になるという事実を。
このまま――、神託に任せて、チェリエの体に入ったリリーに最終儀式をさせることになると。
おそらくリリーは、チェリエの体ごと、世界樹の人柱になるだろう。
そのことを、チェリエは今のところサリュートに告げるつもりはなかった。
それを告げてしまえば、今度はチェリエが儀式を行うことで、人柱になる危険性に気づかせることになってしまうからだ。
「……リリーさんの今の実力では、最終儀式を成功させられる可能性は低いと思うんです。であれば、逆に石板に名前が刻まれているわたくしの方が成功確率が高い。……そう思ったので、あの場で祭祀長様にああ提案しました」
「でも、そうすると、せっかくチェリエがやったのに、成果を全部あの女に持っていかれることになるよ?」
それに――、花継ぎの石板に名前を刻まれたのに、結局何もしなかった不名誉な乙女だと後ろ指を刺される可能性だってある。
サリュートがそう告げると、チェリエは苦笑しながら「いいんです。わたくしは別に、花継ぎの乙女として功績をあげたいわけではないですし」と言って、案じるサリュートを安心させるように首を傾げた。
「わたくしの願いは、この騒動を早く終わらせて元の姿に戻って、サリュート様とトリギアに行って、自立して働けるようになることです。いろいろな騒動のせいですっかりそれが遠のいてしまっていましたが、わたくしが願っているのは、ただそれだけなのです」




