第74話 どちらが本物か判然としないのならば
「それで? 彼女はなんと言っているのですか?」
サリュートは、『入れ替わりの原因がリリーにあるのではないか』と告げる祭祀長に向かって問いを重ねる。
中にいるのがリリーだとしてもチェリエだとしても、おそらく否定で返してはいるだろうが、それでも中にまだチェリエがいるのであれば、彼女を救わなければいけない。
「今のところ、彼女自身は、自分は石板に祈祷をしにきただけだと言っていますが……」
「……そうですか」
祭祀長のその言葉にサリュートは『なるほど、まだ祭祀長も確固たる答えを得ているわけではないのだ』と理解する。
ということは、今自分がここですべきことは、状況整理であり情報収集だ。
「……彼女を庇いだてするつもりはありませんが、確かに私も、先ほどたまたまこちらに訪れて様子を見ていた際には、彼女はただ石板に触れていたようにしか見えていませんでしたが……」
その点について、一番近くにいた花籠の騎士殿からは、何かご意見はありませんか――?
と、それとなくティエルに話を振る。
「私も……、彼女のすぐ隣で一部始終を見ていましたが、ただ彼女が石板に触れた次の瞬間、精霊たちが活性化したかと思うと、石版の名前がマーキュリー嬢のものに書き換わっていくところしか見ることはできませんでした」
ティエルがそう言いながらチェリエに目線を送ると、チェリエもそれで間違いないと肯定するようにこくんと頷く。
その、一見親密なようにも見える2人のやりとりに、サリュートは若干、面白くないものを感じなくもなかったが、今はそれを無視して話を続けた。
「……では、この証言に間違いがないかを検証しましょう。幸いなことに、場所が場所だけにあの場に花はたくさんあった。誰か、申し訳ないがあの場から花を持ってきてくれませんか? できればアスターがいい」
サリュートがそう頼むと、入口の近くにいた聖職者が外に控えていた人物に声をかけ、まもなく要望通りアスターの花が手配された。
そうしてサリュートが手にしたアスターに花魔法をかけると、はたしてすぐにあの時のリリーとティエルの映像が再現された。
黙って近づいてきたリリーがしばらくじっと石板を見つめていたかと思うと、そっと石板に手をかざす。
すると、それとほぼ同時に、色とりどりの光が彼女を包み出す。
「……あれは、なんだ……?」
「……あれは精霊たちの姿です」
見ていた聖職者の疑問に、ティエルが答える。
こうして客観的に映像で見ると、色とりどりの精霊たちがぱちぱちと光っては消えて瞬き、本当に幻想的に見える。
時間にして、およそ4、5秒ほど。
精霊たちの美しい瞬きにリリーとティエルが包まれていたかと思うと、ふとリリーが顔を上げたことで、その場に変化が起きたことがわかった。
リリーがティエルの目線を追って、石板に視線を戻す。
この時にはもう、石版の文字が書き換えられていたことがわかる。
そして――、それを見つめるリリーの表情に、驚愕した様子が現れていることも。
映像が流れ終えた後。
誰もが自らが口火を切るのをためらい沈黙を保っていると、その気配を感じたサリュートが重々しく口を開いた。
「……この様子を見ると、彼女が犯人だという根拠は薄いように感じますね」
サリュートの発言に、否を唱えるものはいない。
「このまま彼女を犯人だと断定するには早計だと思うのですが。それに、見たところ大分精霊にも好かれているようだ。……この数日間で何があったかは知りませんが」
ちらりとチェリエを見つめるサリュートの目は、これまでリリーを見つめていた時と同様に冷え冷えとしたものだ。
さすが大国の王子。お芝居も上手なのだわ……、と思いながらも、サリュートのその演技が迫真に迫りすぎる故に、チェリエは自然と落ち込んだ気持ちになった。
しかし、そんなチェリエの気持ちはさておき、今度はティエルがサリュートの言葉に次ぐようにチェリエを擁護する発言をする。
「祭祀長。不肖ながら私からも進言させていただきます。ここ数日、祭祀長からの指示を受け彼女についておりましたが、『改善する』と言った宣言通り、これまでも彼女にやましいところはなく、むしろよくやっているように感じていました。ですので、この場ですぐには断罪せずに、せめて真実を明らかにする時間はいただけないでしょうか」
彼らの言葉によって、場の空気はすぐに彼女を断じようというものから、ちゃんと調査してから判断するべきだというものに変わった。
「……リリー。あなたはいつの間に、精霊を顕現できるようになったのですか?」
祭祀長は、サリュートとティエルの『すぐに断じるべきではない』という言葉には答えず、チェリエにそう質問をする。
「樹花祈年祭の次の日です。あの日、祭祀長様とお話をした後、部屋に戻った時には顕現できるようになっていました」
「今もできるのですか?」
「はい」
そう言うと、チェリエは祭祀長の視線を受けて、意識を精霊たちに集中させ、その場に顕現させる。
「おお…………」
周囲で見ていた聖職者たちも、精霊を顕現させるほどの花継ぎの乙女の力を目の当たりにして歓声を上げる。
「……なるほど。確かにどうやら、もう少しきちんと調査をしてからのほうがよさそうですね」
そう言うと祭祀長は、今にも重々しいため息をつきそうな様子を見せながら、再度サリュートに向き直る。
「サリュート殿下。話に聞くところ、現在は殿下がチェリエ様を預かっていらっしゃると伺いました。彼女と――直接話をさせていただくことは可能でしょうか?」
祭祀長の申し出に、サリュートは顔には出さずに内心で舌打ちする。
サリュートとしては、できるならばいったんここでは『詳しく調査を進める』という結論だけ出して解散にしたかった。
なぜならば、自分はまだチェリエ本人の口から話を聞けていないため、これから先どうすべきかの具体案が出ていないからだ。
なにより――自分が最も大切にしている人の体を、安易に教会に渡したくない。
「……祭祀長。大変申し訳ないのですが、彼女は現在体調がすぐれず、寝込んだままなのです。話をするにも意識がないのでご要望にお応えすることは難しいかと」
実際、意識がないのはサリュートが花魔法で眠らせているからではあるのだが、今はそれを逃げ口上として利用する。
表向きにも体調不良で預かっているという理由にしているので筋は通っているだろう。
結果、サリュートの目論見はうまくいき、祭祀長は「そうですか……」と思案する様子は見せたものの、それ以上無理強いしてくることはなかった。
「……しかし、来月には花継ぎの乙女の最終儀式にあたる【世界樹への奉納】があります。それまでには――この書き換えの真相を明らかにしなければ」
【世界樹への奉納】というのが、いわゆるゲームの最終章、人柱イベントだ。
表向きには花継ぎの乙女の2年間の活動で得た人々からの信仰を世界樹に奉納するために【奉納】と名付けられたということになっているが、なんと奉納されるのは信仰ではなく花継ぎの乙女自身という、なんともゲーム制作者のネーミングセンスの安直さを疑わせる儀式名でもある。
「では、それまでにはこの真相を明らかにする方向で調査を進めましょう。この件に関しては、マーキュリー嬢も関わってきている以上、私も介入させていただきますが、それは構いませんか?」
サリュートの意見に、祭司長は了承するように頷く。
サリュートが、チェリエをゆくゆくはトリギアに連れていく話になっているというのは周知の事実だ。
故に祭祀長も、先にサリュートがチェリエを抱え込んでいた以上、この件に関して否と言えない。
もしこれで――、本当に花継ぎの乙女がチェリエに変わっていたとしたら、それはそれでやっかいなことになるなと、祭祀長はため息を吐きたい気持ちだった。
相手が平民のリリーであれば、世界樹の奉納で人柱として捧げることの障害はさほどではない。
しかし、それがマーキュリー侯爵家の令嬢で、しかも隣国の王子が目をつけている存在ともなると、どう説得すれば穏便に人柱として捧げられるか、頭を悩ませなければならない。
そこに――。
「祭祀長様。わたくしに一つ、案があるのですが」
そう言って、その場で毅然と手を挙げたのは、他でもないチェリエだった。
緊張のせいでリリーのふりをする余裕さえなく、自らのことをわたくしと言ったチェリエだったが、そのことを気にしたものは誰もいなかった。サリュート以外には。
「……なんです? リリー」
「……どちらが、本物の花継ぎの乙女が判然としないのならば。どちらにも儀式をさせれば良いのです」




