第73話 本当に、花継ぎの乙女になったみたいです?
「……さて、リリー。これはいったいどういうことなのか、詳しく説明していただけますか?」
祭祀長の部屋まで連れ立てられてきたチェリエは、後ろ手に縛られた状態で立たされていた。
ティエルも同席してくれてはいたが、彼の監視の上で事件が起こってしまっているために、彼も共犯者である可能性も加味され、チェリエとは距離を置かれていた。
(……どういうことなのか、と言われても……)
祭祀長の糾弾に答える回答を、チェリエは持ち合わせていなかった。
チェリエ自身にもよくわかっていないのに、どういうことかと問われても答えられるわけがない。
(考えられるとすれば、あの『隠しショップ』に入ったことだけれど……)
そういえば、あのショップからの戻り際に、店主から『プレゼントを贈る』という言葉を告げられたのが聞こえたが、まさかこれがプレゼントだったとでもいうのだろうか?
(ありえなくは……ない気がするのよね……)
先ほど、チェリエが隠しショップに入った段階では、チェリエは花継ぎの乙女ではないため買い物をすることができなかったが、チェリエが花継ぎの乙女になれれば、あの店で買い物をすることができる。
これまでチェリエはリリーの代わりに彼女の仕事をフォローしてきた。
なおかつ、そのおかげもあってチェリエは精霊たちからも好かれている。
(問題は、あの店主にそんな決定権があるのか、というところだけれど)
しかし、突き詰めていくとどう見ても今回の出来事のきっかけはあの隠しショップに入ったせいだとしか思えない。
だからと言って、祭祀長からの糾弾に『隠しショップに入ったせいです』と答えることもできないのだが。
とはいえ、あまり長く沈黙していても祭祀長からあらぬ嫌疑をかけられてしまう。
とりあえず隠しショップのことは言わずに事実だけを伝えようと決めて、チェリエは口を開いた。
「……私は、事前にティエルを通じて祭祀長にお伝えしていたように、ただ祈祷をするためにこの正殿に立ち寄り、石板に触れただけです。ティエルに聞いて貰えばわかります。私は本当に石板に触れていただけだと。ですから――、どうして石版の文字が変わったかなんて、私も知りたいくらいです」
「……………………」
チェリエの言葉に、祭祀長はしばしの間、顎に手を当て思案する様子を見せた。
彼女の言葉が真実なのかどうか、推し量っているのだろう。
(……ここを何とか乗り越えないと。また、花継ぎの乙女の責務から逃れるために何か仕掛けたと思われたら、今度こそ確実に閉じ込められるかしてしまうわ)
いや――、閉じ込められるくらいならまだいい方かもしれない。
人柱としての役割を果たすだけなら、かろうじて生きていればいいのだ。
たとえ足の腱が切られていても、欠損のどこかが欠損していても。
花継ぎの乙女が生きていて、人柱として捧げられさえすればいいのだから。
チェリエがそんな可能性に危機感を感じていると、祭祀長の部屋のドアをコンコンとノックする音が響いた。
「祭祀長様、失礼します。トリギアの王子が面会を求めているのですが」
「今は取り込み中です。後にしてもらいなさい」
「ですが……、殿下は先ほどの、花継ぎの石板で起こったことの一部始終をみていらしたということです。それに……、現在、マーキュリー嬢を保護されているのも、彼だという話ですので……」
間に差し入ってきた聖職者をすげなく帰そうとした祭祀長だったが、彼の発した言葉を聞いて、ぴくりと反応した。
「……なるほど。それは確かに、話を聞く必要がありそうですね」
そう言って、サリュートを部屋に招き入れるよう指示した祭祀長は、サリュートが現れるまでの間、特に何か言葉を発することもなく黙って待ち続けた。
サリュートを待つ間も厳しく尋問されることなくほっとしていたチェリエだったが、同時にサリュートをまた厄介ごとに巻き込んでしまったことに申し訳なさも覚えていた。
「祭祀長、殿下がお見えです」
「……通しなさい」
そんなやりとりの後、現れたのは、紛うことなくサリュート当人だった。
サリュートは部屋に入ると、まるで罪人のように後ろ手に縛られているリリーを見て顔を顰める。
それから、ちらりとティエルを見て、祭祀長に向き直ると、
「祭祀長。今回のことはいったい、何がどうなっているのか説明していただけますか」
と、先ほど祭祀長がチェリエに問うたこととほぼ同じことを、冷ややかな表情を浮かべながら祭祀長に問いかけた。
「なぜ、マーキュリー嬢が新たな花継ぎの乙女とされることになっているのです」
「それについては、我々もまだわからないのです。ことの詳細については、あの時石版の一番近くにいた彼女に要因があるのではと、話を聞いていたところです」
祭祀長が、彼女、と言ってチェリエを示すと、サリュートが冷え冷えとした眼差しでチェリエを一瞥する。
おそらく――、サリュートとリリーの関係性を加味して芝居を打ってくれているのだろうとは思うが、それでもこの状況で、サリュートからの冷たい視線はチェリエの胸に堪えた。
実際、サリュートにはまだよくわかっていなかった。
今、目の前にいる少女の中にいるのが自分の最愛の存在なのか。
それとも、先ほどの騒動で入れ替わりが解消され、リリーに戻っているのか。
リリーに戻っているのであれば、目の前の少女のことは放っておいて、チェリエの本体のところにすっとんでいく。
しかし、そうでないのなら、まだ彼女の身柄を協会の自由にさせるわけにはいかない――。
その判断をするために、サリュートは無理を押して祭祀長のところまで押しかけてきたのだ。
そして、リリーをじっと見つめた後、その奥にいるティエルに視線を送る。
サリュートの視線の意図するところを理解したティエルは、彼に向かってかろうじてわかるほどの動きで小さく首を横に振った。
それは、入れ替わりがまだ解消されていないと示す合図に他ならない。
サリュートはその合図を見て、自分がこれからここでやらなければならないことを理解した。
なんとかしてこの祭祀長を説き伏せ、ここにいるリリーが無実であると言うことを解らせなければならないということだ。




