第71話 あなたは何者ですか?
「彼女自身が……、元に戻りたいと願う……?」
それはすなわち、リリー自身が元に戻りたいと願うということだ。
(……そんなこと……)
可能なのだろうか?
あのリリーに?
男から告げられた答えに、チェリエはそれは、むしろアイテムを手に入れるよりもずっと難しいことなのではないかと思った。
あの、我欲の強いリリーに、どうしたらまた自分の姿に戻りたいと思わせればよいのだろう?
「まあ、この世界の世界観的には、愛する人のキスとかで元に戻れたらよかったんでしょうけどね」
チェリエが思わず思案していると、男がおどけたような調子でそんなことを言ってくる。
そこでチェリエは、いったんそのことを考えるのはやめて、男から情報を得ることを優先することにした。
「――この世界観、というのは。原作のゲームのことを仰っているのですか?」
自分でも、かなり切り込んだ質問だという自覚はあった。
だけど、その最初の一歩を踏み込んできたのは向こうなのだ。
真っ当に答えてもらえるなどとは思っていなかった。
ただ、その反応で何か掴めるものがあるのではと思って口にしただけだ。
結果――。
「申し訳ありませんが、その質問に関しては先ほどお伝えした『答えられる事柄』の範疇外となりますため、お答えはできかねます」
返ってきたのは、事務的とも言える口調で告げられた、男のそんな言葉だった。
「……では質問を変えます。あなたは何者ですか?」
「私はこの『隠しショップ』の店主です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「このゲームの原作者だということもないのですか?」
「残念ですが、そのお答えも『答えられる事柄』の範疇外になります」
「……わたくしはなぜ、この世界に来ることになったのかしら」
「それに関しては、私も答えを知りたいところですね」
……拉致があかない。
拉致はあかないけれど、『はて、ゲーム? 何のことですか?』と返されないだけ、まだ好意的なのかも知れないと思った。
少なくとも相手は、この世界がゲームの中の世界だということを否定はしていない。
つまり、この店主だと言った男は、チェリエと共通認識を持っているのだ。
「……あなたは、ずっとここにいるのですか?」
「ええ、そうです」
「朝も夜も?」
「はい」
「花継ぎの乙女以外、ここに来ることはないのですよね?」
「ええ、そうですね」
と、言うことは。
この店主は、日がな一日、誰も訪れないこの場所で1人佇んでいると言うことになる。
「あなたは、ここから出て、好きな人生を送りたいとは思わないのですか?」
「思いませんね。私は、ここにいるのが性に合っているので」
チェリエは、もしかしたらこの店主も、自分と同じように何だかわからないうちにここに連れられてきて、なんだかわからないうちにここに閉じ込められているのではと思ってこの質問をしたのだったが、返ってきた答えはチェリエがこの男を案じたのがまったく馬鹿らしくなるくらいのけろりとしたものだった。
そんなチェリエの思いを汲み取ったのか、店主は、
「お客様。私はですね、人の世、というものに疲れてしまったんです」
でも、人の世を眺めるのは飽きることがない。
だから自分は――傍観者という立場が、一番性に合っているのだと。
男は、サングラスで見えない瞳の奥を覗かせないまま、チェリエに向かってそう嘯いた。
「……お客様は、とてもお優しい方ですね」
優しいのだろうか――自分は?
男の言葉に、チェリエは自問する。
いや、優しくなんてない。
だって自分が、先ほどから男に対して案じるような質問をしてみせたのは、純粋な優しさだけではなく打算もあったからだ。
もしも自分が彼に対して差し出せるものがあれば、お互いに歩み寄り、協力し合うことができるのではないか。
それによって、自分にも何か得られるものがあるのではないか。
だから自分は、優しくなどないのだ。
優しいなどと、言われる資格もない。
チェリエはそう結論づけ、胸中で店主の言葉を否定していたが、だけど世の中は実際、打算のない優しさの方が少ないのではないだろうか?
打算のある優しさが、優しさではないと言い切れないのではないだろうか?
打算のある優しさを見せられるのは、相手の立場を慮って思考することができるからだ。
相手の立場を慮って思考することができるということは、すなわち、相手がどうなったら幸せになれるかということに思いを馳せられるかということにつながる。
チェリエは自分が、それを無自覚にできることに気づいていない。
だからチェリエは、店主の『優しい』ということに恥じ入ったが、優しさとは本来、誰かのために行動することだけを指すのではなく、誰かのことを思って案じることができるか否かも含まれる。
店主は――、そんなあれこれも含めて。
この不器用な来訪者を気に入った。
「そういえば、あなたの名前を聞いていませんでしたね」




