第68話 わたくしがやらなければならないこと
本日はここから75話まで更新します!
結局、花継ぎの正殿にはティエルも含めた3人で行くこととなった。
厳密には、花継ぎの乙女が花継ぎの正殿に祈祷に行き、そこでたまたまサリュートと鉢合わせた、という設定だが。
いまだ祭祀長からの信頼を完全に得られていないチェリエは、『反省の意を示すために、孤児院の務めの帰りに花継ぎの正殿に行きたい』ということをティエルを通じて祭祀長に伝えてもらった。
結果、『ティエルがちゃんとお目付役としてつくなら』という条件で許可を得たのだ。
チェリエと離れたくない様子を見せるサリュートには申し訳なかったが、どう考えてもこれまで犬猿の中だったリリーとサリュートが一緒にうろつくのはおかしい。
なので、『花継ぎの正殿でバッタリ』案で決着したのだった。
◇◆◇
花継ぎの正殿はグローシス学園内の更に奥に進んだ、世界樹の根元にある。
グローシス学園の実質的運営団体である花継ぎ協会は、世界樹をぐるりと取り囲むように建物が建てられている。
花継ぎ協会のその敷地の裾野の方に敷かれているのがグローシス学園であり、逆にその最奥にそびえる世界樹に近接して建てられているのが花継ぎの正殿になる。
先日、チェリエがリリーに変わり樹花祈年祭を執り行ったのもまさにここ、花継ぎの正殿である。
チェリエは、ティエルと共にコツコツと靴音を鳴らしながら花継ぎの石板へと向かう。
花継ぎの石板に向かいながらチェリエは、昨夜部屋で1人になった時に考えていた、自分がこれからやらなければいけないことを再度頭の中で考えていた。
(わたくしがやらなければならないこと。それは、一つはリリーさんに奪われた体を取り戻すこと。そしてもう一つは、人柱にされる未来を回避すること)
実際のところ、チェリエとしては本来、体さえ返してもらえれば後のことなど知ったことではないのだ。
人柱にされるか否かは、リリーの問題であり責任である。
けれど――。
(……原作ゲームでは。トゥルーエンドに進めたら、この人柱のルール自体がなくなるのよね……)
このゲームにおける結末は、大きく分けて3つある。
一つは、すべての謎が解き明かされ、世界の根幹となる問題も解決される【トゥルーエンド】。
もう一つは、とりあえず生き残ることはできたものの、謎の解明が果たされずに、問題を抱えたまま世界が続いていく【ノーマルエンド】。
最後に、主人公が生き残ることができず、また謎も解明されないままに終わる【バッドエンド】だ。
(正直、今のリリーさんでは、ノーマルエンドさえ厳しい)
主人公が人柱にされて終わるバッドエンド。
今、この状況でチェリエが体を取り戻し、リリーがこの体に戻ったとしたら。
間違いなく彼女は、人柱にされて終わる。
(自業自得と言えば、そうなのでしょうけど……)
しかし、チェリエの心は揺れていた。
それは、人柱になるとわかっていて見捨てるのが後ろ暗いということもあったし、それとは別に、今ここで自分が見逃してしまうことで、今後もまた新たな人柱が生まれ続けるということになるからだ。
己の利だけを取れば。
しれっと自分の体だけ取り戻して、元の生活に戻ればいい。
だけど、それが本当に正しいことなのか、チェリエにはまだ決断を下すことができなかった。
そんなことを考えているうちに石板にたどり着いたチェリエは、そこに見慣れた人物が立っているのを見て、表情を変えずに王族に対する挨拶をした。
いわずもがな――、サリュートである。
『急に仲良くしていたらおかしいので、表向きには仲の悪いふりを続けましょう!』という約束をきちんと守ったサリュートは、ちゃんと普段リリーに対してとるような冷たい態度のまま、すっとチェリエの横を通り過ぎて後方にある壁に背中を預けると、腕を組んでその場にとどまる。
どうやら、そこからそしらぬふりして様子を見るつもりらしい。
サリュートはこんなふうに、なんのかんのいいながらも、最終的にチェリエを困らせることのない方法でそっと助けようとしてくれるのだ。
(……サリュート様はどうして、わたくしにこんなに良くしてくださるのかしら……)
サリュートにとっては、『好きだ』と告白しても気持ちに応えることもない、側近にするとは約束していてもまだ何の役にも立ってない、それどころか厄介ごとにばかり巻き込む女でしかないのに。
どうして彼はこんなに自分によくしてくれるのだろう?
(……いっそもう、こんなにわたくしによくしてくれるサリュート様が望むなら。わたくしの我欲なんて捨てて、サリュート様の満足のいくような選択を選んだほうがいいのでは……?)
つまるところそれは、彼のプロポーズを受け、彼の伴侶として生きる覚悟を決める、ということになるが。
それで、一時的にでも彼の願いを叶えられて、彼を幸せな気持ちにできるなら。
『後々自分が傷つくかもしれないのが嫌だ』という、自分勝手なわがままで今のままいるよりも、少しは彼のためになるのではないだろうか?
そこまで考えて、でも、とチェリエは思う。
悲しいかな、チェリエは自分にそんな自信を持てなかった。
誰しも、一度は考えたことがあるのではないだろうか?
異性と付き合って別れた後、はたしてその相手と、友人としての関係を続けていけるのか否か。
人によっては、苦もなくそれをできる人もいるだろう。
相手に対して恨みつらみもなく、ただ『からっ!』と明るく別れられるようなさっぱりとした性格の持ち主であれば、別れた直後は無理だとしても、時間を置いてまた友人として接することができるかもしれない。
しかし――、チェリエはそんな性格ではなかった。
彼女の場合、一度でも付き合って別れてしまえば、その後相手のことを考えすぎる以上に考えてしまう、ある種の悪癖のようなものがあった。
それを、優しさと呼ぶのか、気遣いと呼ぶのか、考えすぎと呼ぶのか。
少なくとも、別れた相手と再会するのが気まずいと思うくらいには、器用に立ち回れない性格なのだった。
だからこそチェリエは、サリュートとはこの関係を保っていたいと切実に願い続けてきたのだ。
それが、自分のわがままだと理解しつつも。
チェリエはそんな、今考えても仕方のないことに思い悩む自分と訣別するよう、ふう、と小さく息を吐くと、目の前の石板をじっと見つめた。
石板には旧公用語で『人々よ、憂えることなかれ。民の憂いは父なる樹が祓い、父なる樹の憂いは乙女が癒す』と刻まれている。
そして、その下に『花継ぎの乙女 リリー』と刻んであるのだが、よくよく見るとなぜか、その文字は上の旧公用語で書かれたものよりも少し浅く薄くなっているようにも見えた。
「……………………?」
そのことに疑問を抱きながら、チェリエはそっと刻まれた文字に手を伸ばす。
――すると。
ぱあああああああああ――――。
と。
チェリエの手が石板に近づくほどに、チェリエの意志とは無関係に、周囲にいた精霊たちが、急に活性化したように煌めき始めた。




