第65話 どうやら、彼女の逃走前後の動向を追った方がよさそうだ
「……でも、じゃあなんで君は、誰かに助けを求めようとせずに、そのままの姿でいようとしたの?」
サリュートが、責めるでもなく純粋に疑問に思っているように尋ねてきたのを、チェリエは「かけられた術の副作用なのか、真実を伝えようとすると体が言うことを聞かなくなったのです」と答えた。
「……体が言うことを聞かない?」
「入れ替わりのことを言おうとするとうまく言葉を発せなくなったり、文章に認めようとすると、指がうまく動かなくなったりしました」
今は、サリュートもティエルも、2人ともが真実を知ったせいだろうか。
そのことを告げるのにも特に抵抗のようなものは感じられなかった。
そのことにチェリエは少しだけほっとする。
(……本当は、真実を告げられなかったということの他に、このままだと人柱にされてしまうということもあったのだけれど)
その話を今ここでするとまた話がややこしくなってしまうと思ったチェリエは、そのことには触れずに話を続けた。
口元に軽くにぎったこぶしを当て、思案している様子のサリュートは、
「……あいつは、どこからそんな手段を見つけてきたんだろう……」
とつぶやく。
「正直、彼女の力量じゃあそんな大技を使えるとは思えない。だとすると、誰か協力者がいたとか、別の方法があったと思うんだ」
そう言いながらサリュートは、ちらりとティエルに視線を送る。
はっきりとは口にはしなかったが、サリュートがティエルをこの話に引き入れたのは、彼からリリーの情報を得たいという目的があったからだ。
今の話を聞いて確信を得たが、どう考えてもこの一連の事件をリリー1人で成し遂げられたとは思えない。
でも、もしも自分の知り得ない、花継ぎの乙女の隠された能力があったら――?
そういった可能性も含めて、彼女の一番近くにいた、花籠の騎士であるティエルをこの場に残したのだ。
チェリエが、『彼なら信頼できる』と頷いたことを信じて。
ティエルはそんなサリュートの意図すべてを理解したわけではなかったが、彼の求めるところを察して、ゆっくりと自分の意見を述べた。
「……確かに、殿下の仰る通り、私も彼女に単独でそのようなことができるとは思いません。ですが、じゃあ我々の他に協力者がいたかと言われると、それもなんだかピンとこないのです」
「……なるほど」
確かにね、とサリュートが相槌を打つ。
「いつ、どのタイミングで彼女がこの計画を思いついたのかはわかりません。ですが、いかに頼んできた相手が花継ぎの乙女といえど、上位貴族であるマーキュリー家の息女に害をなすことに手を貸す人間がそういるでしょうか?」
ティエルの言うことはもっともだった。
計画が順調に進めば良いが、そうでなかった時のリスクがとてつもなく大きい。
ましてや――、逆に最終的に計画がすべて滞りなく実行された後、立場が失墜するのは【花継ぎの乙女・リリー】の方なのだ。
リリーの計画のすべてを知った上で協力した人物がいたのだとしたら。
きっと彼女は、サリュートに正体を見抜かれた時にも、その人物に縋ろうと思えたはず。
しかし、サリュートの記憶する限り、彼女の言動にはそんな様子は見受けられなかった。
「……どうやら、彼女の逃走前後の動向を追った方がよさそうだな」
「そうですね……」
いったいどうやって、彼女がチェリエと入れ替わるための手段を手に入れたのか。
おそらく、逃走する前後にその答えがあるはずだった。
とりあえず、3人の中でひとまず、リリーの動向を追う、ということで話がまとまったところで、ふと何かを思い出したようにティエルが、「……あの、ですが」と控えめに尋ねてきた。
「……その、ふと思ったのですが。リリー本人に聞く、ということは難しいのでしょうか?」
「あのゴミに?」
「…………はい」
サリュートのリリーへの『ゴミ』呼ばわりに、素直に頷いていいものか逡巡したティエルだったが、結局はそこには言及せずに肯定した。
リリーに対する彼の憤る気持ちもわからなくはなかったからだ。
そうしてまた、それを側で聞いていたチェリエも、サリュートがティエルに向かってリリーを『ゴミ』という呼称で呼んだことに内心ではらはらしていたが、それほどにサリュートからのリリーに対する怒りが深いのだと思うとチェリエもまた何も言えないのだった。
――つまるところそれは、リリーの自業自得ではあったのだが。
「それは無理だろうね。あの女は絶対に口を割らないよ」
「……尋問をしてもですか?」
「尋問をする? あの女に? 外身はチェリエなのに?」
「……………………」
確かに――、言われてみればその通りだ。
尋問をして口を割らせるという手段を使うとなると、何かしら身体に苦痛を与えることになる。
仮に自白剤のようなものを使ったとしても、基本的に自白剤と呼ばれるものは信憑性の低い答えが返ってくる可能性が高いし、その割に人体に及ぼす後遺症が重くなる危険性がある。
そんなものを彼女の体に投与するなど、到底できるはずもなかった。
「彼女の身柄はこちらで保護している。だけどそれは、あくまでも逃げ出されて好き勝手されないよう保護しているだけで、あれから何か情報を引き出せるなんて期待してない」
「その、花魔法で過去の記録を探る、というのは……」
「そんなの、僕が考えなかったと思う? ……あの女、用意周到なことに、樹花祈念祭の時の控室からは綺麗に植物を片付けていたし、あの女が体に植物を身につけていたかどうかを確認する前に花継ぎ教会に身柄を確保されたから、今となってはそれも無理だ」
つまるところ――、現状はしらみつぶしに彼女の行動を追っていくことしかできない、というのがこの場で3人が共通して出せた答えなのだった。




