第64話 正体、とは、何のことです?
「……一晩考えてみたんだけどさ。君が彼を信頼できると言うなら、彼には正体を明かしても良いんじゃないかと思うんだ」
温室で3人で向かい合って円卓に付き、チェリエが淹れた花茶をカップに注いで配ると、サリュートがおもむろにそんなことを言い出した。
「……正体、とは、何のことです……?」
今この場で、チェリエの正体を知らないのはティエルのみだ。
なので当然、サリュートの言葉にティエルが訝しむ様子を見せる。
サリュートが視線で『いいよね?』とチェリエに了承を求めてきたので、チェリエはそれにこくりと頷いて応える。
間に挟まれたティエルは、その二人の仕草でまた、この2人は自分の知らない間に随分と親密になっているのだと思い知らされる。
しかし――。
「……今、ここにいる彼女は、君の知っている【花継ぎの乙女】のリリーじゃない。彼女の中にいるのは、チェリエ・マーキュリーだ」
…………………………。
「……………………は?」
数秒にわたる長い沈黙の後。
ティエルの、ごくごく控えめな、短い言葉が空気を震わせる。
サリュートの言葉を聞いても『理解し難い』といった表情を浮かべていたティエルだったが、その後ゆっくりと視線をチェリエに移し、彼女の表情を見たことで察した。
――これまでリリーが見せたことのない、相手を心から思いやる表情。
――以前よりも洗練されたしぐさ。
――そして、何よりも言葉の端々から感じられる、彼女の気高い想い。
「…………本当、なのですか…………?」
「………………」
困惑したまま尋ねてくるティエルに、チェリエは重々しくこくりと頷く。
本当は、はい、と答えたかったが、その一言を口にすることはできなかった。
どうやら、入れ替わりの際に副次的に植え付けられた、真実を告げられない強制力はここでも生きているらしい。
その代わりに、ティエルの言葉に首を縦に振ることはできた。
それさえも、心なしか普通に頷くよりもなんだか抵抗のようなものがあったような気もしたが。
そうして、頷きながらも『こんな、荒唐無稽な話。信じてくれるかしら……』と心配していたチェリエだったが。
その考えはすぐに杞憂だったと思える結果となる。
「…………、ああ…………」
そう漏らしながら両手で顔を覆ったティエルは、事実を認めたくないというより、点と点がつながったことで嘆いているように見えた。
「……つまり、それで殿下がいらしたということは、彼女がこうなった理由が、リリーにあるということなのですね……」
「……話が早くて助かるよ」
察しの良いティエルに、サリュートも複雑そうな表情で答える。
彼とてリリーに対しては憤りを感じているが、花籠の騎士たちに対しては同情する気持ちもなくはないのだ。
花継ぎの乙女を選べない彼らが、あんなどうしようもない女を庇護対象にしなければならなかったことを思うと、さぞ大変だったろうという思いもある。
しかし――、それはそれ、これはこれ。
彼らは、彼女の保護者であった以上、たとえ相手がどんな女でも、しっかりと手綱を握っておく責任があったのだ。
それを怠り、現在の状況に至ってしまったことについては、責任の追及の手を緩めるつもりはなかった。
「おそらく、あの樹花祈念祭の夜。彼女がチェリエを襲った際に入れ替わりが行われたと推測している。詳しいことは何もわかっていないから推察しかできないけど、お互いの魂を入れ替える術でも使ったんだろう」
だから――、その時の状況を詳しく知るために、チェリエの話を聞きにきたのだとサリュートが言った。
「聞かせてくれる? チェリエ。あの日、あそこでどんなことが起こったのか。あいつに――、どんな目に遭わされたのか」
ティエルに正体を明かしたことで、サリュートはチェリエの名前を呼ぶことを隠すことなく真っ直ぐに問う。
真摯な瞳を真っ直ぐに向けられたチェリエは、視線を落として過去の記憶をたどり、思い出しながらゆっくりと2人に向けて語り出した。
「…………あの日、わたくしは、サリュート様に控室まで送っていただいた後、着替えをするために花継ぎ教会がよこした使用人を部屋に招き入れました」
あの時。
普通だったら数人で訪れるはずの使用人がたった一人で現れたことにチェリエは警戒を覚えた。
だから、外に確認しに行こうと動いた瞬間――、リリーにポピーのエッセンスを抽出したものを吹きかけられたのだ。
「ふいを突かれたわたくしは、そのまま眠りに抗えずに床に崩れ落ちました。そこに……、リリーさんがわたくしも見たことのない黒ずんだ大きな葉を、わたくしに向かってあてがってこようとしました」
そうして、そこでふつりと意識が途絶えてしまったために、結局あの葉が何だったのかを確認することができなかった。
そこから先は、サリュートも知る通りだ。
遅れてやってきた本物の花継ぎ教会の使用人たちが部屋を開けると、そこには床に倒れ伏しているチェリエとリリーがいた。
もともと、リリーが花継ぎの乙女の責務を放棄して逃亡していたこと。
また、リリーが以前からチェリエに突っかかっていたこと。
そうして、その部屋が他でもないチェリエの控室だったことから、この騒動の下手人がリリーだと断定された。
その時すでに、魂の入れ替わりを済ませていたチェリエは、リリーの体の中に無理やり移されたまま、冤罪で引っ立てられてしまったのだ。
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いつもお読みくださりありがとうございます!
明日からなのですが、
毎日18時の予約投稿にしてみようかなと思っています。
ストックがあるのと、更新で時間を使っている間に
執筆した方が効率が良いのでは……?
と思っていまして。
加えて、
この後書き部分も毎日更新直前に追記をしていたのですが、
本文のみでいこうかなと思います。
引き続き、本作をお楽しみいただけますと幸いです。




