第62話 心に想ってる人がいるんだ
「でんかとりりーさまは、こいびとどうしなの?」
孤児院の子供たちは、どうやら随分とませているらしい。
まさか子供たちからそんな指摘を受けると思っていなかったチェリエが思わず固まっていると、サリュートが、
「きみにはそんなふうに見える?」
と、優しく言葉を返す。
「……う、はい」
うん、と答えようとしたところを、相手が王子だと言うことに気づいてすんでのところで「はい」と言い直したのだろう。
神妙な面持ちでこくりと頷く子供に向かって、サリュートは「……そう」と微笑みながら、穏やかに語りかける。
「それはとても嬉しいことだけど。でも僕には別に、心に想ってる人がいるんだ」
サリュートのその言葉に、チェリエは自分の意志とは無関係につきりと胸が痛んだのを感じた。
「ええ!? そうなの!? だあれ!?」
「こら、レナ」
そう言って、先ほどからサリュートに人懐っこく話しかける少女を窘めたのは、チェリエが昼間に幼い頃の龍斗と重ねていたあの面倒見のいい少年だ。
しかしサリュートは、そんな少年の気遣いにも「構わないよ」と笑みを浮かべながら、テーブルに肘をついた上に顔を乗せ、夢見るような笑顔のまま少女の質問に答えた。
「……子供の頃から、ずっと……、ずうっと好きだった人」
「じゃあ、でんかはそのひととこいびとなの?」
「ううん。ずっと片想いしてる。でもいいんだ」
「……なんでえ?」
少女の素直な問いかけに、サリュートは一瞬寂しげな笑顔を浮かべながら言葉を詰まらせると、
「両想いになるとかならないとか、一番大事なことはそんなことじゃないんだ。そんなことより、僕にとってはその人が幸せでいてくれることの方が、ずっと大事だから」
諭すようなサリュートの言葉に、チェリエは混乱する。
(サリュート様の好きな人……?)
――子供の頃から、ずっと、ずうっと好きだった人。
一瞬、チェリエはチェリエのことかと思ったが、思い返してみてもチェリエは子供の頃にサリュートとあった記憶はない。
(……じゃあ、サリュート様には他に、子供の頃から想いを寄せている方がいる、ということかしら……)
想いを寄せている相手がいたけれども、その相手とは添い遂げることができないから、別の相手を見つけて己を慰めようとした、とか?
(……でも、サリュート様はそんな、不誠実な方には見えないし……)
いったいどういうことなのだろうとチェリエが考えを巡らせていると。
「いいなあ、そのひと。れなもでんかとけっこんしたかったのに!」
「こら、レナ!」
無邪気な少女の言葉を、少年が叱責する。
しかしその言葉にサリュートは気分を害した様子もなく、苦笑しながら「そうなの?」と答えていた。
「うん! だって、でんかはかっこいいし、やさしいし、とってもすてきだもの! りりーさまもそうおもうでしょ?」
突然、少女から話題を振られて、予想していなかったチェリエは咄嗟に「えっ」と反応が遅れた。
急に周囲の視線が自分に集まったのがわかった。
話題の当事者である、サリュートの視線も。
(な……、なんというか、本人に見られていると思うと妙に緊張するけれど……)
しかし、レナの言う通り、サリュートが素敵なことは間違いない事実だ。
だから、それをちゃんと肯定して言えば良い。
良い、だけなのだが――。
「私も、サリュート様は格好良くて優しくて、とっても……しゅてきだと思います……」
………………………………。
噛んだ。
思いがけず一番大事なところを噛んだことで、チェリエは頬にかあっと血が昇るのを感じた。
(は…………、恥ずかしい…………!)
どうしてこういう肝心なところで噛むのか。
ありえない失態に俯き、顔が赤くなっているのを見られないようにしていると。
「……ふふっ。噛んだ。可愛い」
サリュートがそう言って隣で掌に顎を乗せたまま微笑んでいるのが視界に入った。
「ねえ。もう一回言ってくれる? 噛んだところもちゃんと聞きたいから」
そう言われてチェリエは、否と言うことはできなかった。
「……サリュート様は、格好良くて優しくて、とっても素敵だと思います……」
「うん。……ふふ」
嬉しそうに微笑みながらサリュートが、隣に座るチェリエの髪を弄んでくる。
その雰囲気だけで、チェリエはもう溶けてしまいそうだった。
(……ほんの数週間、会えてなかっただけなのに……)
彼が隣で笑っていてくれるというだけで、もうこんなにも嬉しい。
結局、サリュートはその後、自分達の食べた食器を洗って片付けるまで手伝ってくれた。
まるでティエルに、彼女の隣に立つのは自分だと見せつけるように。
ティエルはそんな二人の様子を、離れたところから静かにじっと見ていた。




