第61話 そこで何をしているのですか?
「……そこで、何をしているのですか?」
「……ティエル」
警戒を滲ませながらこちらに問いかけてくるティエルは、どうやらサリュートがリリーに何か文句を言いにきたのではないかと思っているようだ。
チェリエがそうだったように、ティエルもサリュートがリリーを毛嫌いしていたことを知っている。
ましてティエルは、リリーの中身が今チェリエであることを知らないのだ。
であれば、サリュートがまさかチェリエに会いにきたなどとは思わず、チェリエを害したリリーに物申しにきたと思う方が自然である。
「……サリュート殿下が、本日こちらにご来訪される話は聞いていませんが」
「いちいち、ここに来るのに君から許可を得ないといけないのか?」
つかつかと近づいてきたティエルがチェリエをサリュートから庇おうと後ろに下がらせると、サリュートはそんなティエルが邪魔だと言わんばかりに睨みつける。
「……あ、あの、ティエル。サリュート様は、私を心配していらしてくださったので……」
「……心配?」
「ティエル?」
重なった二つの言葉の、前者はティエルの、後者はサリュートのものだ。
『あんなにリリーを邪険にしていたこの相手が?』という思いのティエルと。
自分はまだ『サリュート様』なのに? こいつは呼び捨てなの? と眉をはね上げるサリュートと。
どちらの言葉にどう答えるべきか戸惑い、2人の顔を交互に見比べたチェリエは、最終的に「お2人とも、落ち着いてください」と一旦、互いを冷静にさせることを優先した。
「僕は落ち着いてる。突っかかってくるのは彼の方だろう」
「突っかかってなどいません。私はただ、彼女を守る騎士としての役割を果たしているだけです」
「騎士、ね。だったら、彼女が色々と暴走する前に止めて欲しかったものだけど」
「…………」
サリュートが彼女、と言ったのは、現在彼女の中にいるチェリエのことではなくリリー本人のことだ。
サリュートから冷たく浴びせられた言葉に、ティエルは言葉を失った。
確かに彼の言う通り、花継ぎの乙女を守ると共に、諌めるのもまた彼らの役目であるべきだと自覚していたからだ。
それを果たせず、彼女の逃亡をみすみす見逃してしまったことは、ティエルたち花籠の騎士としては追及されると痛い汚点でしかなかった。
そんなティエルの様子に、サリュートも少し言いすぎたかと気を取り直して、ごく微かに「……ふん」と小さく息を漏らしてから、ティエルの背後にいるチェリエに向けて言葉をかけた。
「……大体、彼はちゃんと知っているの? 君の正体を」
「それは……」
「……正体? どういうことです?」
チェリエがサリュートの問いに答える前に、ティエルが『君の正体』という言葉に過敏に反応する。
正体とはどういうことだ?
どうしてリリーを毛嫌いしていた彼が、彼女の正体を知っているようなことを仄めかすのか?
そして、彼女と接点のほとんどなかった彼が、なぜ彼女の正体を知り得ているのか?
じっとサリュートを見据えたまま黙考し、彼からの返答を待っていたティエルだったが、結局サリュートはそんなティエルに答えを与えることはなかった。
「……その様子じゃ、やっぱりまだ知らないんだろう。だったら君に、あれこれと言われる筋合いはないな」
そう言うとサリュートは静かにティエルに歩み寄ったかと思うと、彼の後ろに庇われていたチェリエを自らの元に奪い返した。
チェリエはサリュートにされるがまま引き寄せられながら、そっとティエルの様子を盗み見た。
彼はどうやら、これ以上どう答えたらよいかもわからず、ぐっと動くのを堪えていた。
そうしてサリュートが自らの手中にチェリエを取り戻し、半身で抱き抱えるように自らに引き寄せると、今度は再びティエルに向って、
「……ところで君。彼女に何か用事があって戻ってきたんじゃないの?」
と問いかけた。
サリュートからそう言われて、ティエルは「はっ」と、自分がここにきたもう一つの用事を思い出す。
「……ああ、そうでした。リリーの護衛に戻るついでに、そろそろ夕食の支度をしてほしいと伝えて欲しいと言われてきまして……」
「……夕食?」
ティエルの言葉に、サリュートが何のことかと片眉を上げる。
その様子に、チェリエは慌ててサリュートに説明をした。
「あの、実は、ここでは今、私が皆さんの食事を用意していて……」
「君が?」
花継ぎの乙女が孤児院で役務を果たしているという話は聞いていたが、まさかそんな料理人みたいなことまで押し付けられているのか? と表情を曇らせたサリュートに、チェリエは慌てて説明を重ねる。
「あの、厨房の料理人の方が怪我をされたそうで。それで私が、お手伝いを願い出たんです。その、私も料理をするのはむしろ好きなので……」
チェリエがあわあわと自分に説明をするのを見たサリュートは、それで彼女が嫌がらせで雑務を押し付けられているのではないと理解し胸を撫で下ろした。
そうして――、同時に、猛烈に興味を惹かれた。
彼女がここで、どんな手料理を振舞っているのか。
彼がかつて散々味わってきた、あの懐かしい料理を、また味わうことができるのかを。
「……今日は何を作るの?」
「今日は……」
ハンバーグです……、というチェリエの言葉に、サリュートは
「僕も食べたい」
とやや食い気味に即答した。
「え……、サリュート様がですか?」
「ダメ?」
「いえ……、ダメではないですけど……」
トリギアの王子に、こんな孤児院で食事をさせていいのだろうか……?
自分の汚れた格好と相反するかのようなサリュートの美麗な装い。
加えて、とうてい王子を迎えるにはふさわしくない質素な孤児院の佇まいに、本当にいいのだろうかと困惑したチェリエだったが、どうやら彼自身はそんなことは意にも介していないようだった。
なので――、チェリエは彼の期待のまなざしに押し負け、「……サリュート様が
それでいいのでしたら……」と、サリュートもここで食事をしていくことを受け入れた。
こうしてなぜか、隣国の麗しすぎる王子が、孤児院でハンバーグを食べるという特殊イベントが発生することとなったのである。
◇◆◇
「ねえねえ。僕にも何か手伝うことはない?」
「えっと……」
チェリエが材料を用意し、支度をしている間にも、サリュートはチェリエににこにことつきまとい離れなかった。
いつの間に用意したのか、自らもちゃっかりとエプロンをつけて料理をする準備を整えている。
そんなサリュートの姿に、一番混乱した様子を見せていたのは孤児院の職員たちだった。
「あの……で、殿下。殿下にそのようなことをさせるのは恐れ多く……」
「大丈夫だよ。ここにいる間は殿下じゃないと思っていてくれればいいから」
恐縮する職員にさらりと無茶を返すサリュートだが、そう言われてしまっては職員もそれ以上何も言うことはできない。
結局、サリュートはチェリエにつきまといながら手際よく食事を作る支度を手伝うと、出来上がった食事を並べたテーブルに自分もちゃっかりと座った。
みんなが『え……? 殿下もここで食べていくんですか……?』と緊張に満ちた面持ちで見つめているが、そんなことは全くお構いなしだ。
全員が着席したところで、食前の祈りをそろって短く唱えると、各々が目の前に置かれた食事に手をつけ始めた。
皿に盛られた、きらきらと輝く白米は、チェリエが自ら仕入れた。
根っからの日本人舌のチェリエは、ハンバーグは白米で食べたい派だ。
本当は汁物は味噌汁にしたかったところだけど、さすがに孤児院の子供たちでも好き嫌いが別れるだろうと思いコンソメスープにした。
デミグラスソースがつやつやと照り輝くハンバーグは、前世からのちえりの得意料理。
軽く切り込みをいれるだけで中からじゅわっと透明な肉汁が溢れてきて、口に入れるともちもちとした挽肉の食感で口の中がとろけそうになる。
「あれえ? でんか、ないてるの?」
「……え?」
ちょうど、サリュートの斜向かいで食事をしていた少女が、幼さ故の怖いもの知らずなのか、サリュートに向かってそう尋ねた。
それを受けた全員が、思わず言及された本人へとさっと目を向ける。
注目を受けたサリュートは――どうやら自分でも、涙を流していたことに気づいていなかったようだ。
自らの手で頬に触れると、そこで初めて涙に濡れていたことに自覚する。
「あれ……?」
「……サリュート様」
隣にいたチェリエが、そっ、とサリュートの濡れた頬をハンカチで拭う。
「ありがと。……あれ、なんでだろうな……」
自分でも、なぜ涙を流しているのか感情が追いついていないようだ。
そんなサリュートの頬を、チェリエが甲斐甲斐しくぬぐっていると。
「でんかとりりーさまは、こいびとどうしなの!?」
と好奇心を隠さずに尋ねてくる子供の声が聞こえた。




