第59話 これに見覚えがあるみたいだね
(……サリュート様?)
幻を見ているのだろうか? とチェリエは思った。
温室の入り口に立って、自分を見つめている相手が、本当にそこに存在しているのか一瞬我が目を疑う。
(しかも今……、チェリエ、って言った……?)
今の自分の姿はチェリエ・マーキュリーの姿ではないのに。
もしかして、サリュート様に会いたすぎて、夢でも見ているのだろうか?
チェリエはここ最近、一度考え始めて決壊してしまうのが怖くて、わざとサリュートのことを考えないようにしていた。
少しでも『寂しい』と思ってしまうと、際限がなくなってしまいそうだったから。
サリュートの隣に、自分の姿をした違う女の子がいることを考えるだけで、胸が苦しくなって、不安に苛まれてしまいそうだったから。
だから、あえて自分を忙しくして、サリュートのことを考えないようにしていたのだけれど――。
一歩一歩、地面を踏み締めるようにゆっくりとこちらに近づいてくるサリュートに思わず身構える。
サリュートは、リリーを『ゴミ』とか『カス』とか『ゴミカス』と呼ぶほどに嫌っていた。
そんな彼が、わざわざ忌み嫌っている自分に会いにくるわけがない。
あるとすれば――何か文句があるとか、そんなネガティブな理由だろう。
ましてや先日、樹花祈念祭でリリーがチェリエを害したばかりなのだ。
実際にはそれが、今リリーの中にいる自分がしたことではなくても。
チェリエがリリーの中に入っていると知らないサリュートには、あずかりしらないことだ。
彼から――いったい何を言われるのか。
じりじりと身構えていたチェリエだったが、そんなチェリエに近づいてきたサリュートはズボンのポケットに手を入れると、そこから細く繊細な鎖と、それに繋がれた指輪を差し向けてきた。
(あの指輪は……)
それを目にしたチェリエは、どきりと大きく心臓を震わせた。
「……これに見覚えがあるみたいだね」
チェリエにそう告げてくるサリュートの表情は色がなく、特に何の感情も読み取ることができない。
だからこそ、どうしてサリュートがこの指輪を持ってわざわざ自分のところまで来たのかわからない。
いつの間にかサリュートは、鎖でぶら下げた指輪を差し出したまま、チェリエのすぐ目の前まで来ていた。
手を伸ばせばすぐに触れられる距離。
チェリエが差し出された指輪を受け取めるよう手のひらを差し出すと、サリュートがすぐ頭上からチェリエに問いかけてきた。
「……君がこれを、どうやって手に入れたのか教えてくれる?」
(君が、これを――?)
この指輪の持ち主はチェリエだ。
だから、今リリーの姿をしている自分に、サリュートがそれを尋ねるのはどう考えても適切ではない。
だけど――――?
静かに問われた言葉に、チェリエは恐る恐る答える。
「……わかりません」
「……………………」
「……ですが母は、これはわたしが生まれた時に一緒に手にしていたと……」
言っていました、と口にする前に。
チェリエは彼の腕の中に、強く抱きしめられていた。
ぎゅうっ……、と、背中に込められた力強い腕の感覚に、一瞬でチェリエは頭が真っ白になった。
(えっ……?)
わけがわからない。
わけがわからないけれど、ただ、抱きつぶされてしまいそうな腕の力強さと、触れた場所から伝わる温もりと、鼻先を掠める嗅ぎ慣れた彼の香りで、一気に胸がいっぱいになってしまった。
「……見つけた……」
チェリエの耳元で、掠れたような小さな声が、弱々しく響く。
(――ああ。サリュート様は、わたくしを見つけてくださったんだわ)
ふと、何の脈絡もなく、そんな確信がチェリエの胸におりてくる。
そう確信を抱けたことで、嬉しさと愛しさが溢れて、なんだか泣きたい気持ちになった。
チェリエがサリュートの背中に手を伸ばし、彼の気持ちに応えるように抱きしめ返すと、チェリエを抱く腕がいっそうぎゅっと強くなった。
「……心臓に悪いよ……」
「……ごめんなさい……」
チェリエの小さな呟きは、サリュートの胸に溶けた。
そうして二人は、しばしの喪失を補うあうように、心ゆくまで抱擁を続けた。




