第54話 【SIDEリリー】このポジションを絶対に手放したくない
サリュートから疑われているなどとは露知らず、リリーは学園に登校した。
途中、学園の玄関でリリーはチェリエとバッティングしたが、それに気づいたのはサリュートだけで、リリーは彼女がいることにさえ気づくことはなかった。
サリュートは――目の前のチェリエに対して疑念を抱いていたが、表面上はなるべくいつもと変わらずに見えるようにふるまった。
あの後、移動する馬車の中で注意深く観察してみたが、外見上はどう見てもチェリエにしか見えない。
で、あるならば。
チェリエと一緒にいる自分が彼女に対して急に態度を変えてみせたら、『チェリエ様ったら、サリュート様に対して何か失礼なことでもしたのかしら……』などと、また周囲からのチェリエの評判が下がってしまうのではと危惧したのだ。
――サリュートのふるまいは完璧だった。
周囲の人間をはじめ、リリーも、その様子を見ていたチェリエも『彼が心からチェリエを慈しみ愛しているのだ』と実感できるくらいに。
リュートがサリュートと同一人物だと気づかず、リュートのことを警戒していたリリーすら、ふとしたときにどきりとさせられたくらいなのだ。
(……なんなのよ、チェリエ様ったら。自分だってちゃっかり、二人の男にちやほやされてるんじゃない……)
そう思い、むすっとしていられるリリーは、本当に頭がおめでたいのだ。
(まあでも、悪い気はしないわ。この男も、なんだかんだいってスタイルはいいし。見た目を整えたら結構イケそうな感じもするし)
サリュートとリュートを両取りするも楽しいかもね――。
なんて呑気に構えていたリリーが窮地に立たされるのは、この日の放課後のことだった。
◇◆◇
「――奉花を直す?」
「……そうだよ。だってチェリエはいつも、あのゴミがやった後のフォローで、直しに行っていたじゃないか」
放課後、帰宅しようとしたリリーが「あれ? 今日は奉花を直しに行かないの?」とリュートから尋ねられたのが、この会話の発端だった。
どういうことかと問い返したリリーに、リュートが当然のように『チェリエはいつもリリーのフォローをしていた』と答えるのを聞いて、リリーは初めて、チェリエが今までリリーのやった奉花を影でこっそりと修正していたことを知った。
(……なんなのあの女!? 嫌味ったらしいったらない! 腹立つぅ……!)
実際には、散々チェリエが忠告したのにリリーが全く言うことを聞かなかったために、花継ぎ教会からチェリエに『さりげなくフォローしてほしい』と頼まれたからなのだが、当然そんな事実をリリーは知らない。
自分の仕事のできなさを影で嘲笑われていたような気持ちになり、途端に不快感を覚えたリリーだったが、表情には出さずになんとか押し込める。
腹が立つし、向こうが勝手に始めたことなのだからこっちは知ったこっちゃないと思うが――、チェリエ・マーキュリーになりきらなければならない今の状況ではそんな文句を言うこともできない。
「でも――、リリーさんも花継ぎの乙女になってもうだいぶ経ちますし。いつまでもわたくしがフォローしていてもよくないのでは……」
「何言ってるの? チェリエだってこの間見たじゃないか。あのゴミがしたゴミみたいな仕事。あれをそのまま放っておくの?」
「………………」
リリーはさりげなく回避しようとしたが、リュートから言い放たれた『ゴミ』という言葉に閉口する。
(……なによ! ゴミ、ゴミって! そこまで言われるほどのことじゃなくない!?)
憤慨しながらも、リュートにそう言われては奉花台に寄らずに帰ることはできない。
腹を括ったリリーは、しぶしぶながらも奉花台へ向かうことにした。
(あーもう、めんどくさい。別にもういいじゃない、奉花がちゃんとしてなくても。このゲームは最終的に、身代わりになったチェリエ様が人柱になってハッピーエンドになるんだから)
リリーはこの一日チェリエとして過ごしてみて、あらためてチェリエの特別感を知り、満喫していた。
樹花祈念祭を成功させたことで他の生徒たちからの評価と尊敬の眼差しを勝ち取ったチェリエは、廊下で他の生徒とすれ違ってもリリーの時とは違ってみんな敬服したように頭を下げてくるし、樹花祈念祭での事件を聞いた生徒たちは、皆一様にチェリエを心配して案じるような言葉さえかけてきた。
高位貴族である侯爵家の令嬢。
美人で優秀、みんなの憧れ。
かつ、イケメンで王族のパートナーまでゲットしている。
リリーはもう、『このポジションを絶対に手放したくない』とまで思うようになっていた。
だからこそ――、めんどくさいと思えど、この立場を手放さないでいるために、チェリエとしてい続けるために、奉花台に行かざるを得なかったのだ。
それが、サリュートの疑念を決定的なものにすることになるとは知らずに。
◇◆◇
「……………………」
奉花台に到着し、その出来栄えを目の当たりにしたサリュートは、あまりにも完璧に飾り付けられた奉花に圧倒されていた。
きらきらと、これ以上ないと言うほどに瑞々《みずみず》しく光を放つ花々。
どこか、郷愁をくすぐる切なさと愛しさ。
見覚えのある――、彼女の気配が残る装飾。
サリュートは、胸の内にあった疑念と違和感が、はっきりと形を成していくのを感じていた。
(……チェリエだ)
間違いなく、チェリエの仕事だ、と思った。
綺麗な中にどことなく可愛らしさが見える、彼女の花の飾り方。
これを、あのゴミクズみたいな花継ぎの乙女がやったとはとても思えない。
眉根を寄せながら確信を抱いたサリュートは、目の前で完璧に作り上げられた奉花に、無粋にも手を加えようとしている愚か者に声をかけた。
「……この奉花は、もうこれ以上手を加える必要はないと思うよ」
「ふぇっ?」
サリュートが声をかけると、チェリエの皮を被った愚者はびくりと肩をすくませ、どこかおどおどした様子で花器から抜きかけていた花を元に戻しこちらを振り向く。
「……あっ、そ、そうですよね。わたくしも、そうかなとは思っていました」
そう言って取り繕うように、「リリーさんも、少し見ない間にとても成長されたのですね」と微笑む相手に、サリュートは警戒されないよう「そうだね」とにっこりと笑って見せる。
(この奉花を作ったのは間違いなくチェリエだ。だとすると――?)
あのゴミの体の中にチェリエがいる可能性が高い。
抜きかけた奉花を慌てて整えるチェリエを眺めながら、サリュートは考えを巡らせる。
何者だかわからなかった目の前の存在に、段々検討がついてきた。
自らの推論に確証を深めたサリュートは、もう一つ思い出した大事な物と、その所在を探るために、目の前の人物に質問をしてみることにした。
「ねえ、チェリエ。……前に僕が君にあげたあの指輪、今も持ってる?」
「指輪……、ですか?」
「そうだよ。手にはめていると目立って恥ずかしいからと言って、鎖に通してネックレスにしてくれてたじゃないか」
そう言うと、リリーはその言葉で、サリュートの言う指輪が何を指しているのかを理解した。
(あの指輪――。なんでわざわざ鎖に通してまで身につけていたのかと思っていたけど、そういうことだったのね)
白銀の台座に大きな金剛石のはまったその指輪は、しかし白銀よりも金を好むリリーには好みではないと思って付けずにいたのだ。
そういうことであれば今日もつけてくるべきだったと反省し、申し訳なさそうな顔を作ったリリーはサリュートに答えた。
「あの指輪は……、今日はつけていないんです。体調のせいか、金属で首周りが痒くなってしまって」
だから自宅に置いてありますと告げたリリーに、サリュートはさらに言い募る。
「だったら、今日の帰り、君の部屋に寄って行ってもいい? 君があの指輪をつけているところを見せてほしいんだ」




