第52話 【SIDEリリー】やば……、最高じゃない!? この状況?
「チェリエ! チェリエ……!」
リリーがチェリエとの入れ替わりを果たした直後。
ぼんやりと意識が浮上してきたリリーは、耳元で誰かが大嫌いな女の名前を呼んでいるのが耳に入ってきた。
「う……っ……」
「チェリエ……!」
リリーが眉間に皺を寄せながら目を開け、抱き止められた腕の中で見上げたその先にいたのは――、ずっと焦がれに焦がれていた、麗しすぎる攻略対象の顔。
「サリュート、様……?」
「大丈夫、チェリエ? どこか痛いところとかはない?」
目の前のサリュートがそう言って自分に心配そうに声をかけてきたのを見て、リリーは遅ればせながら自分の策が成功したのだということに気づいた。
「ほら! ぐずぐずしてないで立て!」
部屋の反対側で、誰かが兵士に怒鳴られているのが聞こえる。
そうしてリリーがそちらに目を向けると、そこにいたのは嫌と言うほどに見知った自分の顔。
何が起こっているのかわからないような困惑した表情を浮かべる自分の姿をみて、リリーはあの中にいるのが間違いなく自分と入れ替わったチェリエなのだと確信した。
(やった……!)
成功した……!
自分の目論みはすべてうまくいったのだ。
思わず、興奮でぐにゃりと口角が上がるのを抑えきれなかったリリーは、驚愕した面持ちでこちらを見つめるチェリエと目が合い、余計に愉快な気分になるのを堪えるのが大変だった。
(やば……、最高じゃない!? この状況!)
咄嗟に愉悦で顔が歪んだのを恐怖に歪んだ表情になるように誤魔化し、「サリュート様……」と、いかにも箱入りの貴族令嬢のような振る舞いでサリュートに縋り付く。
そんなリリーに対して、何も知らないサリュートが「ぎゅっ」と自分を大切そうに抱きしめ返してきたのを感じて、リリーはまた心の中で歓喜した。
(うひょー! なにこれ!? トゥンクなんですけど!?)
あんなに自分に対して冷たく当たっていたサリュートが、こんなにデレデレなんて!
(え……? ちょ、美味しすぎじゃない……!?)
最高、最高、最高潮。
リリーは、この時ほど自分の取った策が良策すぎたことに満足したことはなかった。
「はな……、離してください! わたくしは違うんです……!」
「往生際が悪いぞ! 大人しくしろ!」
自分の代わりにチェリエが引っ立てられていく声が廊下の向こうに消えると、自分を抱きしめたサリュートが「……大丈夫?」と小さく声をかけてくる。
サリュートに縋り付くように身を縮めたリリーを、怯えているのだとでも思ったのだろう。
リリーがサリュートから労わるように抱きしめられているのを享受していると、サリュートから、
「……チェリエ。何があったの?」
と案じるようにリリーに尋ねた。
「……部屋に戻ったら、突然、リリーさんがわたくしを襲ってきて……」
あらかじめ用意しておいた言い訳を口にすると、サリュートがリリーを抱きしめている手にぐっと力がこもったのが感じられた。
「……ごめん。僕がもっと、注意しておけば……」
「そんなことありませんわ。サリュート様は、こうしてすぐに駆けつけてくださったではありませんか」
悔しそうに謝ってくるサリュートにリリーがそう答えると、表情はまだ曇らせたまま、サリュートが少し体を離してこちらの様子を確認しようとしてくる。
「気持ちが悪かったり、どこかおかしな感じがするところはない?」
「はい。大丈夫です」
(――中身が、あなたの大好きなチェリエ様じゃなくなっていること以外はね)
意地の悪い考えを腹の底に隠しながら、純粋そうな笑顔を浮かべてみせると、サリュートがほっとした表情を見せる。
「帰ろう。家まで送るよ」
そう言ってリリーの頬に優しく触れてくるサリュートは、腰が砕けそうなほどにイケメンで、他の攻略対象たちとは比べ物にならないくらい甘かった。
(やば……。脳汁がやばいくらいでるんですけど……!)
これから、このハイパー爽やかイケメンからの溺愛ライフが始まるのかと思うと、リリーはときめきでスマホを100回くらい充電できると思った。
◇
「は〜、やっば……! サリュート様ま〜じでイケメンだわ……」
サリュートに送ってもらい、マーキュリー家の屋敷の自室に戻ってきたリリーは、眠る支度を整えてベッドにぼふんとダイブする。
マーキュリー家の屋敷も、さすがデルトムント屈指の上位侯爵家なだけあって、リリーが学園の寮に与えられていた部屋とは雲泥の差だ。
最高級のものばかりが揃えられた環境。
そして、最高級の男。
(やっぱり私、あそこであの隠しショップに行ったの、天才だったわ)
あの隠しショップに行ったからこそ、こうして最高の環境を手に入れることができたのだ。
チェリエの見た目も、リリーのようなわかりやすく男女受けする可愛い系キャラではないが、典型的な優等生美人でなかなか悪くない。
誰もいないのをいいことに、リリーは試しに来ていた寝巻きを全部脱ぎ捨て、部屋の中姿見に自分の姿を映してみる。
――うん。
スタイルもいい。
色気もある。
全然いいじゃない。
嫌いだと思っていた時は感情が優先して正当に評価できなかったが、体を拝借したことで改めてまじまじと見てみると、チェリエ・マーキュリーの体も容姿も相当にいい。
(リリーがアイドル系ならチェリエは美人女優系の顔って感じよね。うん)
寝巻きを着直した後、鏡の前で百面相したり、あえてセクシーなポーズをとってみたりしながら、この顔と体でどうやってサリュートを落とすかと研究する。
思った以上に表情筋が硬すぎて思うように表情を作れないが、それも毎日努力を続ければ少しはほぐれてくるだろう。
(さっきの様子だと、サリュートがチェリエに気があるのはほぼ間違いない)
もしかしたら、表立って公表していないだけで実は裏では付き合っていたりするのかもしれない。
(ま、時間はたっぷりあるし。明日からおいおい探っていきますか)
チェリエを屋敷まで送ってくれた去り際、サリュートは「心配だから明日の朝も迎えにくるね」と言ってくれた。
おそらく、今日送ってくれたように馬車で迎えに来てくれるのだろう。
花継ぎの乙女になった後、学生寮に住まわされていたリリーは、王子様が馬車で自宅まで迎えに来てくれるシチュエーションなんて味わったことがなかった。
(ああ――。明日も、楽しみだわ――)
リリーはそう思いながら、ふかふかのベッドで安らかに眠りについた。




