第51話 リリー、私が間違っていました
(……今のは何ですかと聞かれても)
ティエルの言葉に振り返ったチェリエは、なんと返すべきか答えあぐねる。
(花の精霊を見たことがない? 花籠の騎士たちが?)
そんなことないでしょう――と思いながらも、いや待て、と思う。
花の精霊は、原作ゲームで花継ぎの巫女に付与されている特殊スキルだ。
花継ぎの乙女が力を増してくると主人公以外にもその存在を感知できるようになり、ゲーム内での主人公のヒロイン性を爆増させる設定である――。
が。
(……そういえばわたくしも、リリーさんが花の精霊を纏っているところを、一度も見たことがない……わね……)
そうなのだ。
自分はヒロイン枠ではなかったし、そもそも前世の記憶を取り戻したのもつい最近なので意識することもなかったせいもあるが、思い起こすとチェリエはリリーが花の精霊らしきものに囲まれている姿を見たことがないのだ。
でも確かに。
そのことを起点にいろいろと思い返してみると、そもそもの花の扱いが雑なリリーには、花の精霊から好かれる要素が全くない。
そのことが何を意味するか。
つまりは、これまで花の精霊を顕現させられることのなかったリリーによって、彼らは花の精霊を見たことがないどころかおそらく存在すらろくに知らないという事実だった。
これまでのリリーの怠慢ぶりに改めて呆れつつ、なんだかどっと疲れた気持ちになる。
(なんだか……、本当に後始末ばかりさせられているような……!)
とはいえ、他人事だった出来事は、元凶のせいでもはや他人事ではなくなってしまっている。
チェリエがリリーの代わりに花継ぎの乙女の務めをすると決めた以上、もはやティエルたち花籠の騎士も一蓮托生なのだ。
ティエルの問いかけからこの結論に至るまで、脳内思考で3秒。
さっくりと結論を導き出したチェリエは、「今のは何ですか」というティエルの問いに全く同じた様子もなく「花の精霊ですよ」と答えた。
「……花の精霊?」
「はい」
「いつの間にそんな存在と仲良くなったんですか?」
いつの間に、と言われても。
チェリエも、リリーの体に入れ替わって、気づいたら見えるようになっていたのだ。
花の精霊に慕われているのはこれまでチェリエ自身がこつこつと花に対して尽くしてきたが故の人徳――いや、花徳であり、見えるようになったのはリリーの体に入って花継ぎの乙女の能力を解して見られるようになったからだが、そのことを知らないチェリエは、とりあえずティエルに「昨日の夜、気づいたら見えるようになっていたんです」と正直に答えた。
ティエルは困惑する。
もともと、どちらかというと不真面目だった花継ぎの乙女の逃亡に失望していたら、戻ってきた彼女はなんだか以前と様子が違う。
花の精霊が見えるようになっているし、なにより、目の前で完成された奉花は以前とは比べ物にならないくらい活力と神聖さに溢れている。
(――もしかしたら。リリーはただ責務が嫌になって逃げ出したのではなく、何か事情があってこうして能力を引き上げるためにどこかに行っていたのでは……?)
リリーが失踪する前。
確かに自分達は、リリーに対してもっと花継ぎの乙女としての自覚を持ってほしいと苦言を呈していた。
そのことに対して彼女が不満のようなものを抱いていたのもうっすらと感じていた。
だから。
自分達の忠告を、最終的に真摯に受け止めた彼女は、花継ぎの乙女としての能力を高めるために修行にでも行っていたのでは――?
そして、それを自分達には言えないなんらかの事情があって、こうして黙って逃げたという状況を甘んじて受け入れているのではないか――?
花籠の騎士の中でも、ティエルは飛び抜けて想像力の高い人物だった。
思慮深い、と言ってもいい。
様々な可能性と想像を巡らせたティエルは、半ば失望していた己の守るべき花継ぎの乙女をもう一度見つめ直し、かしこまった様子で彼女に尋ねた。
「リリー。もう一度、聞かせてください」
「……なんでしょう」
「あなたは先ほど、『戻ってきた以上、真っ当に花継ぎの乙女の務めを果たそうと思った』と言っていました。本当に――その気持ちに、偽りはありませんか?」
彼女の答えに嘘がないか。
見定めるようにすっと見据えたティエルの瞳を、彼女は真っ直ぐに見つめ返してきた。
嘘偽りのない、澄み切った瞳で。
「もちろんです。やると言ったからには、私は約束を違えません」
――ああ。
ティエルは心の中で感嘆した。
どうして自分は、彼女を見誤っていたのだろう。
いつから彼女は、こんなにも強く逞しくなっていたのだろう。
花継ぎの乙女として恥じない、凛とした佇まい。
敬服したティエルは知らず、彼女の前に膝を折っていた。
「リリー。申し訳ありませんでした。私が間違っていました」
「…………」
膝を折った自分を前に、彼女がじり、と小さく身じろぎしたのが伝わる。
「花籠の騎士として。私は改めて、あなたを守ることを誓います。どうかこれからも、あなたの側に立ち、あなたのために尽くすことをお許しください」
そう告げると、花継ぎの乙女に跪いたティエルは、胸に手を当てて少し俯いて瞳を閉じ、チェリエからの許しを得られるのを待った。
一方――チェリエの方はというと。
突然ティエルから跪かれ許しを請われたことに、表情に出さないまま内心で困惑していた。
(……いったいどうして……?)
こんなことになったのか?
ティエルの思考を読めないチェリエには全くわからなかった。
まさかティエルがリリーの逃亡に勝手に意味を見出し、回り回ってチェリエを崇拝し始めるなど、想像だにできなかったからだ。
(だけど。彼が力になってくれると言うなら、それはとても心強いわ)
一人で戦わなければならないと思っていたチェリエに、思いもよらない助けが得られた。
孤軍奮闘を覚悟していたチェリエにとって、これはとても大きな出来事だった。
「……私でよければ。私も花籠の騎士に恥じないよう、精進しますね」
チェリエがそう答えると、ティエルはチェリエの右手を取り、唇はつけないまでもその手の甲に口付けてみせるようなしぐさをとった。
花籠の騎士の、忠誠の証である。
こうして、思いがけずチェリエは自らを助けてくれる人間を得ることができた。
助けてくれると誓ってくれたティエルのためにも、なんとしてもトゥルーエンドに辿り着かなければと、決意を新たにしたチェリエなのであった。




